駅前の魔法使い 4
元の一話は消しておきました。すみませんね、ややこしいことして。
「そうだ!気力を絶って殺せばいいんだよ!」
「!?」
唐突に物騒なことを叫ぶイルマに驚いてユングが飛びのく。あ、間違えた。
「じゃなくて。日ごろから魔力の流れを意識して、時々変えるんだよ。ししょーが言ってた」
「どうやったら今の非人道的な台詞と繋がるんですか!?」
どうやったらって、と思う。普通につながるじゃないか。この人は何を言ってるんだろう。
「それやりながら読み込んでみたらどうかなあ」
「な、なるほど?」
何度も首をかしげながら、それでもユングは必死にその課題をこなそうとしていた。しかしイルマは無慈悲なことにあれこれ質問を浴びせる。
初体験とはいえこの行動、教師としてどうなのだろう。そんなこと思わない。
師匠はもっとひどかった。いきなり吐血したり昏倒したり鎮痛剤で酩酊したり、は仕方がないとして、人が必死に本を読んでいるのにテレビのリモコンを取ってくれだの、御器噛ぶりさんが出ただの、取りこんだ洗濯物にカナブンがくっついていただの、通りを見たら玉突き事故が起きていて面白いだの、蛇口からお湯が出ないだの、暗殺者が来ただのガスが止められただの、他にもまだあるが本当にうるさかった。
一度無視してみたら大目玉ではなく雷魔法を食らった。びびび。返事は大切だということを身をもって知ったわけだ。
しかしこのことでいつでも集中はしても周囲への警戒を怠らない特殊部隊みたいな根性が身に着いた。そもそもイルマに「自分がされて嫌だったことは人にしない」などという行動基準はない。
「ねーねー、ユングってさー、何種の魔導師になりたいわけー」
「乙種ですかね。これでも地元では神童とか天才とか言われていたんですよ?」
ふーん、と聞いた。
魔導師にはその実力に従って甲乙丙丁の『種』による分類がある。
丁種は十年くらい必死で魔法を学べばなれる。凡人、というより常人が血のにじむような努力をしてどうにか到達可能なのが丙種。便宜上、四つに分けてはいるがこの上にある乙種との間にはかなりの隔たりがある。
乙種は努力ではなれない。ある血統でしか習得不可能な魔法が使えるだとか、他にも生まれついての異常なまでの才能と常軌を逸した努力が必要である。
ユングは軽く口にしてみせたが、乙種になるということは人外の領域に片足を突っ込むということだ。
では、乙種の上には何があるか?
当然、修羅と言われる甲種だ。
さらに、こなした仕事の数と年月で十二支で分けられる。つまりなりたての魔導師は種にかかわらず一番下の亥というジャンルに入れられるのだ。
こちらは等間隔で十二の段階に分けられている。たとえば亥から戌に上がるのと丑から子に上がるのは一般に公開こそされていないが同じ基準だ。
極端な話をすれば、一カ月で困難な仕事を百件こなしても三年で簡単な仕事を百件こなしても、上がる段階は同じというわけだ。
「ユングさあ……神童も二十歳過ぎればただの人って言葉、知ってる?」
「き、聞こえませーん!残酷な世界の冷たい隙間風なんか毛ほども感じませーん!」
とうとう両耳を塞いで開いた本のページに顔を伏せてしまった。いいけど本は汚すなよー、破くなよー。こんなことを言ってもみたがそういえばイルマ自身も乙種、一発合格だ。
「そういえばどんな魔法が使えるの?」
「回復系統は全部。火、水、土、風の四元素は扱えますが雷などちょっと横に逸れてる魔法は苦手ですし発動もむらがあります。毒や念動力はまだ詠唱が必要、でも神の加護を願うのはほぼノーモーションでできますよ。自分に降ろすのも創世三神でさえなければできるし、あと召喚は低級の魔物までなら可能です。植物を操ったり薬を作ったりは魔術師としてずっと後衛でやってきたので誰よりもうまい自信があります」
あとこれも!それは苦手だけどあれもできます!その様子にニヤリと笑う。おお、必死必死。かわええのう。
魔導師は魔法を呪文の詠唱なしで使う必要がある。詠唱などと言うが数学に例えれば二ケタの掛け算をするときに「3×4は12、6×8は48で……」などとぶつぶつ言いながらやっているようなものだ。
時間だって食う。戦闘時は言わずもがな、平時の仕事でもそんなことしている間に別の仕事を入れられるから省略したいものだ。
とくに戦闘は、相手が魔法使いの場合、もしくは魔法に多少の興味のある人間なら詠唱を聞けば大体何の魔法が使いたいのか分かってしまう。
「そういえば、実技試験って体術も含むんだよね。その辺どうなの?」
「古流武術を習ってたことがあるから大丈夫だと思います。剣も扱えるし、射撃も狙ったところの半径10センチくらいの範囲には当たりますよ!あと、あと」
顔色を青くしたり赤くしたりしながらひねり出そうとする光景はなかなかよかった。いやー乱世乱世。イルマにはサドの気もあった。マゾの気もあるけど。
「あと――腹踊りが!できます!」
「えっ、それ何に使うの!?」
相手の魔力でも奪うのだろうか?だとすれば恐怖の宴会芸だ。
「一回だけ打ち上げに参加したら、やれって言われて、初めてだけど頑張ってみたらっ、後で頑張ったなって言われて僕だけ会費が免除されたんです……」
「慰められてるじゃん、それ」
「だから僕は打ち上げが苦手なんです!未成年だからお酒も飲めないし!」
涙目になってそれでもページをめくる。未成年?その単語にイルマは反応した。
「まだ十代だったの?」
「16歳ですよ。僕ってそんなに老けて見えます?おばあちゃんには年の割に大人びてると言われたことはあるけど……」
「ええっ、じゃあ私の二つ上なんだ?肩幅あるし体格がいいからもうとっくに成人してるかと思ったよ」
「イルマさんこそまだ14歳なんですね。丁種でも10年なのに」
「君の目指す乙種だよ、馬鹿にしないでくれたまえ!」
「僕を出藍の誉れにしてニヨニヨするのかと思ったんですけど」
「なに、いま、すごく、ばかに、された。きみに、はもう、みらいィ、はなぁイよヲぉ」
イルマが覚えているのはそんな自分の声と衝撃音とユングの悲鳴だけだ。
気が付いたら室内がわずかに荒れて、亀甲縛りになったユングが息も絶え絶えで、天井から逆さに吊り下がっていて、上半身裸で、鬱血するのを防ぐためかこめかみに切り傷が入れられていた。
それしか覚えていない。
「なにこれ怖い」
「イルマさん……自分、のしたこと、覚えて……?」
逆さ吊り男が何か聞き取れないうめきを上げている。
驚いて歩み寄ると皮膚のあちこちに光沢のある赤い滴が固まっているのが見えた。これは、蝋。
「酷い……誰がこんなことを」
あんただよあんた。しかし少女は気付かない。淡々と縄を解いて彼を地面に下ろす。
どうしてそこらの少女が亀甲縛りの解き方を知っているかなんてことは考えてはいけないのだ。