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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
梅雨前線
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風邪ひきの子

地獄ソロパートです。

 ニーチェは昨晩ジールが戻った時と同じように、毛布を一枚体に巻き付けて丸くなって眠っていた。ほったらかしの電子レンジが不平を漏らすが今は耳に入らない。震える手を頭の下に差し込んだ。

 熱い。

「冷たい。起こすなと言ったはずだ、蟒蛇女」いつもの罵声を吐いて、少し眠そうにニーチェは起き上がる。

「朝から何の嫌がらせだ。餌ならレンジの中に入っているだろうが。……あっ、またぴーぴー言ってる。あれだって電気を食うんだぞ」

 まったくだらしない、と姑のような小言を吐きながらふらつく様子も見せずレンジに歩み寄り、扉を開けて中の皿をミトンで掴んで取り出す。勝手知ったる自分の家と言わんばかりの所作だ。

 テーブルに置く。ラップをはがして、箸を置いて、茶碗にご飯を入れて、いつも通りだ。だが、とジールは自分の手のひらを見る。

 あの熱さは、寝起きだからとかそういうのではなかった。明らかに異常だった。すごく熱かった。

「どうした。馬鹿みたいに何を呆けている。馬鹿みたいに言い返してみればどうだ、馬鹿」

 何がみたい、だ。完全に馬鹿じゃないか。

「あの、」意を決し、口を開いた。二度に分けて息を吸い込む。呼気をすべて声に変換する。「体温を――測らせて、くれませんか」

 腹が立つほど聡明そうな切れ長の瞳が見開かれた。何を言っているのかわからないとでも言いたげだ。ジールはもう一度繰り返した。

「あなたの体温を、測らせてください。あなたはおそらく、何らかの体調不良で熱を出しています」

 ここまで言ってもニーチェは納得しなかったようで、ああだこうだ文句を垂れたが、結局言われた通り脇の下に体温計を挟んだ。祈るような気分で三分を待つ。

 何を祈るというのか。あんなに熱かったのに。あんなに熱くて、何ともないわけがないのに。冷え性でも何でもないジールの手を冷たいと言ったのに。

 三分を知らせる電子音に身がすくんだ。不満そうな顔をしてニーチェは体温計を脇の下から出して、お、と小さく驚きの声を上げた。

「39度5分……なぜ、わかった?」

「わかりますよ、熱かったから。病院に行きますよ。着替えてください、私は休むことを連絡しておきますから」

 そう言うとジールはあの上官に電話を掛けた。ニーチェが熱を出したので休む旨を伝えるとなんだかちょっと嬉しそうに応対された。職場での危機がひしひしと迫る。

 そろそろどこかへ飛ばされるかもしれない。左ー遷。

「小児科?内科?」

「え?えーっと――どっちもあるところに行きましょう!それでいいでしょ!」

 行った先の病院では小児科に通され、疲労と体温の低下で免疫が落ち、風邪をひいたようだという診断を受けた。睡眠はやっぱり足りなかった。

「君ね、昔の記憶に従って行動してるんだろうけど、やめたほうがいいよ。今の君は昔と全然体が違う。年齢も種族も違うんだよ。もっと自分の体に気を配るようにしなさい。少しでも具合が悪かったら言うんだよ、いいね」

 わかったが、とニーチェは首を傾げた。

「具合が悪いとは思わなかったんだ。どこも痛くないし」

「え?」

「え?」

 めでたく彼は精密検査に回された。無痛症の可能性があるらしい。そういえばとジールにも思い当たる節があった。酔っぱらって絡んだ時のことだ。

――この体は、どこも痛くない

 その言葉がもしも文字通りの意味だったら。恐怖に身をすくませていたら「風邪以外異常なし」の所見が返ってきた。

 あれっ。ないんですか、異常。なかったんですか、あれで。

「うん。彼自身は苦痛を通常に感じている」医師は困ったように頷いた。「でも、彼はそれを無視してしまうんだ。大したことはないからって」

「それって……例の、記憶に関係ありますか」

 もう一度医師は頷いた。なお、そのころ処方箋をもらったニーチェは薬局で薬を受け取っていた模様。

「彼の魂は特別製だ。人間の魂を材料にしている。天帝様は……いや、天帝様を現在コントロールしている何者かは、その魂にあった人格と記憶をそのまま彼に引き継がせた。極めて……有用な人格と記憶だったからね。どちらもその気になれば後天的に書き換えることができる、と思われていた」

 思われていた。過去形をもう一度繰り返した。

「だが、いざ鬼にしてみたら書き換えられなかったんだ。彼はもう、自分自身の消失や改変を望まない。それでも彼は破棄されなかった。書き換えができないとしても、彼自身が使えることに変わりはないからね」

 頭が真っ白になった。塩素系漂白剤をかけられた衣服の気分だ。ぐらぐらと揺れる地面を踏んで行先も定めずに歩く。姿勢が保持できているかも危うい、と思ったそのとき不意に腕を強く引かれた。

「どこへ行く。貴様の家はこっちだぞ、家畜」

「……今度は家畜呼びですか」

「牧羊犬がほしいな、あれは家畜の群れを追い立てて連れてきてくれるから。一匹くらいならきっと楽勝だ」

 家に戻ると特に了承も得ずにニーチェは純金と見まがう艶やかな髪を枕に敷いてジールのベッドに横になった。いつの間にかその額には冷えピタが貼られている。

「――あの医者は、医者としては一流だが探偵としては藪だな」

「えっ?」

 くくっと自嘲する。自分だけではない。おそらく周囲にいるものすべてへの嘲笑だ。

「一度だって、俺が自分の改変を望んだものか。消失ならともかく、なぜ書き換えられてやらねばならんのだ。人格と記憶を引き継がせたのは奴らの意志ではない……単に魂の損傷がひどくてそれらを使わねば埋められなかったのよォ……こんな面倒くさい、自己中心的な、残虐性すらちらほら、ハッ、貴様がいじれるんならそんな人格を好んでつけるものか。いじろうと思えば出来上がるまでに手を加えていじればよかったのさ。俺が望むか望まないかに関わらず、いじれたろうさ」

 じゃあどうして、とそれだけがジールの口から出た。あとは続かない。答えもない。

熱を出しているとき変に元気だったりしませんか?私などは40度の熱が出た時にほんの出来心と大きな暇からゲームをしてみたら一日で全クリしてしまった思い出がありますね。普段は第一面から進めないのに。

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