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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
梅雨前線
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スク水幼女

なんちゅうタイトルつけてくれとるんじゃおんどりゃあッて感じでしょうが回想です。いつもと同じ和やか回想編です。

「……お前は遊ばないのか?」

 少し不思議そうに師は言った。目の前は海で、子供たちが砂で山を作ったりして遊んでいる。

「人見知りの気はないはずだから、友達くらい作れるだろう。……行ってきても構わない」

 これは7歳のときの、海水浴に行った時の記憶だ。水着を選ぶときに白か紺か迷ったら、師がショップの店員に110番通報された。

 白か紺か?つまり、アブノーマルかノーマルか。永遠のテーマだと思う。何の話ってスクール水着の話である。そりゃあ通報されるわけだ。

 結局は赤地に白の水玉の散ったワンピースタイプにしたと思う。腰回りにごく短いスカートのように同じ生地のフリルがあった。これが段になっていなくて、一枚だけだった。それが軽くエロティックな感じで気に入っていた。

「やーだよ。ししょーで遊べないじゃん。そんなことより泳がないの?」

 せっかく来た海水浴場で、彼はパラソルを立てて影を作り、殺人現場とかにかけられていそうな青いビニールシートを敷いて寝ころんでいた。

 普通のトランクス型の水着を穿いていた。色はグレー。ごく薄い麻のブルゾンを羽織っている。せっかく来たって、イルマがごねて連れて行かせたのだが来たのは来たのだ。それでいいじゃないか。

「泳がないし、お前がなぜ『と』ではなく『で』を選択したのかのほうが気になるな?」

「どうでもいいじゃんそんなこと。私は誰が何と言おうとししょーで遊ぶの」

 むむ、と魔導師は眉を寄せた。何だか不満そうだ。どうしたの?と顔を寄せる。きつい潮の香りの中に薬品の臭いがほのかに漂う。

「友達だとか仲間だとか、お前にはそういうものがないのか」

 イルマには最初、彼が何を言ったのか理解できなかった。頭の中で文字が変換されない。ともだち?ああ、友達……か。なかま。仲間、のことかな。

「ないよ?どうして?」

「欲しくないのか?」

「いらないよ。だってししょー以外どうだっていいもん」

 師は鼻白んだように眉間のしわを消した。上腕をシートにつけて身を半分起こす。それからゆっくり言葉を選ぶように口を開いた。

「……俺以外、ならまさか、お前自身もか」

「え?うん」

 何の疑問も抱かず、少女は頷いた。それがどんなに異常なことかも考えなかった。師はとうとう身を起こして胡坐をかいた。イルマはちょこんとその目の前に座る。

「少し、簡単なクイズをしよう。じっと俺の眼を見ろ」うん。澄んだ瞳をじっと見る。「あるところに、死んだのか何なのかわからんが母親がおらず、父親に毎日虐待を受けている哀れな少女がいた」

「お話し?」

 どうだろうな。長い金の睫毛が藤色の瞳を通り過ぎて、肌色に隠れて、それからもう一度通って瞳が現れた。瞬きしたのだ。指示されたからイルマは凝視する。

「……虐待は酷くて、見えないところだけでなく見えるところまで血だらけ痣だらけだった。とうとう彼女の担任の教師が家庭を訪問し、父親から少女を救おうとした」

「学校には通ってたんだねー」

「茶々を入れるなよ……。いいか、問題はここからだ。自分を救ってくれようとした優しい担任の教師を、」

「殺しちゃったんだよね?」切れ長の目が驚いたように見開かれた。

「ここまでの流れで予想がついたよ。そこにあった包丁か何かで。虐待の他は普通の子なら、どこを刺せば致命傷とか何をすれば命を奪えるかとか知らないよね?だったら滅多刺しだ」

「動機は」声を震わせて、師はどうにかそれだけ言った。「どうして少女は救世主を殺した」

 えーちょっと考えたらわかるじゃんか。あはは。あははははははは。あはははは。あは……目の前の澄んだ瞳に映り込む自分の顔は確かに笑顔なのに、なぜだろうか。映る両目には光が灯っていないように見えた。

「救われちゃったら女の子の存在意義がなくなっちゃうよね」

 どう?正解?師は答えなかった。細く長く息を吐く。

「……では、次だ。ある男が強盗に入って、目出し帽を外してから外に出た。するとそこにはタクシーが止まっていた。中の運転手は寝ているようだったが、男は運転手を殺して逃げた。……では、なぜ運転手を殺した?」

「車を使って逃げるためだね。今度は?」

 師はゆるるかに首を横に振った。

「残念ながら……不正解だ。男は慎重な奴でな、自分の顔を見られた可能性を完璧に消したかったんだ。運転手を殺して走って逃げたらしい」

「えー。当たったと思ったのに。それにしても慎重なくせに間抜けな犯人だよね。普通タクシー使って逃げるでしょ」

 深く瞼を閉じて、師はイルマの髪をふわふわと撫でた。撫でるの?いいけど。どうせならもっと撫でるがいい。

「なあイルマ。……もしも、今ここで俺が死ねと言ったら死ぬか?」

「もちろんだよ!首を吊るのと、頸動脈を切るの、どっちがいい?それとも中毒死?切腹でもいいよ……あれ?」

 ぎゅっと抱き寄せられた。相変わらず力が入っていないが、振りほどこうとは思わなかった。

「違うんだ……仮定の話だ。俺が、もしくは誰が死ねと言っても、お前は死んではならない」

「どーして?」

 師は答えなかった。どーして、ともう一度問うが答えはなかった。

(お互いに半裸だからいけないことしてるみたいでちょっと楽しかったなあ、予想通りししょーは通報されたけど)

 どうしてみんな、もっと好意的な解釈をしてくれないのだろう。いや、イルマとしてはししょーとの薄い本的なシチュエーションは願ったり叶ったりなのだがそういうことじゃなくて、だ。

 誤解を解いた後ビーチへ帰ってきて、今度は師のことを海へ引きずり込もうとしてみた。師は動かない。

「せっかくの海だよ!泳ごうよ!」

「だから嫌だと言っている」

「あっわかったよ!ししょーってば泳げないんだね!?その年で!?はずかしー!」

「俺は泳げるし、カナヅチには遺伝があるから年齢をだしに使うな」

「嘘だッ!」

「本当だ。カナヅチと男性の禿げは遺伝するのだ科学的に証明された事実なのだ。こら腕を引っ張るな肩が抜けるだろうが」

 微妙に会話がかみ合っていない。

「嘘だ嘘だ嘘にキマッテル……!ホントだって言うなら証明してよ!少なくとも人並み程度には泳げるところ見せてよ!」

「ほう、よく言ったな。国家直属魔導師きってのユメナマコとは俺のことだ!」

 ししょー、それじゃ泳げるのか流れに任せて流されてるのかわからないよ。それでいいの?イルマは素でツッコんだ。

 ユメナマコは聞いていない。麻のブルゾンを脱ぎ捨てて、少し助走をつけてから、どっぱーんと海へ身を投げた。

 自殺の名所として地元以外でも有名な切り立った崖からキラキラ光る海面へと、見事なフォームで飛び込んだ。

 よい子はまねをしてはいけません。

「ま、待ってよししょー!私、崖からは行かないから!ちょっと待っててよ!?」

 魔導師は再び通報の憂き目に遭った。ただし今度は119番だ。救急隊員が無傷どころか元気にバタフライをしている彼を見て何もかもバカバカしくなって帰ったのは言うまでもない。

 この日泊まった民宿の風呂で、イルマは彼が動こうとしなかったわけを知ることとなる。

「……いたい」

「わー、背中べろんべろんだ!」

 師の背中は日に焼けたせいで皮膚が剥けていた。ピンクの肉が見える。

「確かにこれはユメナマコだね。誰か知らないけどぐっじょぶだよ。うわ、肩もだ。痛そう」

 ユメナマコは、きわめて柔らかくできているので水槽の底から泳ぎだして水面に当たって怪我をした例があるらしい。水の表面張力で背中の表皮がピシッと裂けたそうだ。

「痛そうじゃなくて痛いんだ。アロエクリームと治癒魔法で何とかしないと……うう」

「私もそうなってる?んー、ちょっと見れないや」

 ぐねぐねと体をひねってイルマは自分の背中を見ようとしたが、悲しいかな、そこまでの柔軟性はなかった。ユメナマコにはなれない。

「……お前は大丈夫だ。水着の形に黒くなっているがな」

「うわ、ほんとだ!私の腕、かつて見たことがない色をしているよ!治る?これ、治るかな?」

 魔導師はきょとんとした顔でイルマの顔を眺めていた。

「どうしたんだい?ひんぬーでもみてる?」

「何でそんなものを見ねばならんのだ」

「黙って見ればいいんだよ!」

 繰り出した手刀はぱしっといい音を立てて師の手のひらに受け止められた。

「お断りだ。大体お前は無乳の方だろうが。……なあ、海に来たのはこれが初めてなのか?」

 コルヌタは海のない国ではない。海峡を隔ててすぐ魔界だし、帝都も海の近くにある。かつてイルマが家族で住んでいた辺りなら夏休みに海水浴に行くくらい当たり前である。

「うん、初めてだよ。私、家から外に出たことなかったからさ」

「なら、今日が初の水泳か?」

「大体そうだよ。本を読んで勉強したから、泳ぎ方は知ってたんだ」

 えへーできてた?できてたよね!自問には自答。民主には自民。それは連立政権か?一人で完結するイルマを残念な人を見る目で見て、師はでこピンをかましてきた。いたい。

「……一言言ってくれれば指導したものを」

今回はあまりファンタジーしなかったですね。王道展開もなかったし、珍しい回です。

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