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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
過ぎ去ったあれやこれ
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冥界の夜

夜の話です。盗んだバ○クで走り出す~それは違うか。何も走り出さない、行く先とかない夜です。

あの世ソロパート、需要はあるのか?

「どうせ……ひっく、私はぺったんこですよーら」

 ジールは自宅で飲んだくれていた。フラれる以前の問題である。

 合コンで出会ったイケメンに一目ぼれ。ここまでテンプレ。そしてその数分後に好きな異性のタイプの話題に突入。あとは、言う甲斐もなく。告白も何もなく。失恋まで最速の結果となった。

 二次会には行く気も起きず抜け出して、帰ってきたのが午前零時。話題グダグダのテレビを見るでもなくつけて飲みなおして今が午前二時。

「発育悪くて悪かったな……好きでぺったんこなんじゃないんれすよー私だってー」

「そうか。誰もそこまで言わなかっただろうし、思ってもいないだろうが、それは辛かったな」

「うそらーじぇったい思ってるーあれは思ってる顔れしたー」

 ぽかぽかと隣の男を叩く。ろれつの回らない酔っ払いに絡まれつつ延々堂々巡りの愚痴を聞いているのが養子の金ピカことニーチェ。パジャマ姿だ。

 嫌な顔一つしないで聞いているが、寝ているところにどすっとジールが座ってきてさらに話題グダグダのテレビの音で起きたのが午前一時。淡々と酔っ払いの愚痴を聞き続けて今が午前二時。

 これで姿がそのまま零歳児なら完全に虐待である。

「ニーチェはいいれすよねー、一品物らから美形に作ってもらえてー。ひくっ、自分の体に不満なんかないんれしょーねー」

「ああ、ないな」

 見事な黄金の髪をぐしゃぐしゃにされながら、あくびを噛み殺しながら実質零歳児はどこか空虚に微笑んだ。

「この体は、どこも痛くない」

 酔っ払いながらにはっとする表情だった。そのとき覚えた感傷はアルコールに溶けて消えていく。

「またまたぁ。他にもあるれしょ」

「他に?そのくらいだ。他に長所があるとしても、それは俺のあずかり知らぬところよ……」

 ん、と復活してきたあくびを噛み殺す。眠いのだ。見た目が青年でもそこは年相応である。テレビの司会者が笑う。今の話題は何だろう。グラグラだ。視界もグラグラする。

「う、気持ち悪い……」

 気が付いたらトイレの中にいた。誰かに肩を貸されている。誰だろう。

「あは……ばかれすねー誰かなんてすぐわかっおえええええええ」

 飲みすぎた。とんとんと背中をさすられる。嘔吐が終了すると今度は洗面所に連れていかれた。うがいをして顔を洗う。ちょっとすっきりした。だが頭が痛い。これは二日酔いのパターンだ。

「やれやれ、品性もくそもないなこのゲロインは」

 金ピカの一言が心に突き刺さる。どうも悪酔いの気配を察してトイレに連れてきてくれたらしい。これが零歳児の対応か。だとしたら進化しているものだ。

 馬鹿な、進化するものか。

「あ……あの、酔っ払いを介抱した経験は」

「昔、とんでもない下戸が知り合いにいて、下手をすると反吐を浴びる羽目になるので少々調べた奴がいたのさ。知識に従って行動しただけだ。どうでもよいことだ、さっさと寝ろ」

 ずるずる寝室へ引きずられて、ベッドの近くに放置された。ここに来て三日、ニーチェは相変わらず居間のソファで寝ている。今日ジールが飲んだくれていたところである。

 今日見たところではどうも丸くなって寝ているらしい。安物だから節々が痛くなりそうだが、不平は漏らさない。

 ゾンビのようにベッドに這い上がり、酔いも醒めて寒気がするので布団を被る。暗い部屋に月光を反射してぼんやり光る金髪と藤色の眼光を見ていたら、今更後ろめたくなってきた。我ながら現金なものである。

「母性が足りない母親だと思ってるでしょう……すみませんね……」

「まさか」息子の方はその後ろめたさを一笑に付した。のだろう。二つの眼光とおぼろに光る金髪しか見えない。表情は読めない。

「俺は母親を文献の間にしか知らないのだ。母性がどうとか言える立場ではあるまい」

「そうだろうけど……」

「朝食と弁当は作ってから寝る。朝、起こすなよ。仕事を休むなら連絡を入れろ。いいな」

 遠ざかる足音の後に食材を炒める音を聞きながら、ジールは眠りについた。久しぶりに母の夢を見た、ような気がする。目を覚ますと忘れていた。

「今は私がお母さん、か」

 休む場合は連絡を入れろと言われたが起きてみると意外に気分は爽快だった。息は酒臭いかもしれないが主観では全然大丈夫である。朝食と弁当はあるんだったか。

(彼はやっぱり、……)

 顔は出てくるが、名前が出てこない。そもそもあれに名前はなかったのだ。名前も自我もなくて。そこだけは我が強くて自信満々のニーチェと相反する。同じなはずがない。

 レンジの中に朝食が入っていた。何も考えずにスイッチを押してチンする。そのあとで、起こすなと言われたことを思い出した。大人びているあいつもやっぱり眠かったんだろう。実質零歳児とか自称しているわけだし。

 お隣のお姉さんの子供も、同級生の子も、結婚なんてできそうにないなと笑いあった友達が大恋愛の末授かった子供も、赤ん坊は眠っていることが多かったなと思い出す。

――小さい子はまだ体温をうまく調整できないから、すぐに風邪をひいてしまうのよ

 夢の中の母の言葉だ。昔聞いた。

 ニーチェに関しては、朝はジールより早く起きて朝食と弁当を用意したり掃除や洗濯をこなして、飲み会なんかで遅くならない限りは夕食を作って待っていて、ジールが起きている間は眠らない。

 社宅は底冷えするがソファの上に毛布一枚で不平も漏らさず寝ている。

 どちらも当てはまらないわけだ。

 否、当てはまっていたとしたら。

「……え?」

 ちーんと電子音が朝食が温まったことを知らせた。

長いようで短い2000から3000字です。

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