剣の舞
どんどんファンタジー色の強くなる本編になります。じゃあ今までは何だったのか?もちろんファンタジーですよ。
なぎ倒された決して貧弱ではない村人たちの姿に、残された者たちとぐったり騎士のサンプルがぽかんと口を開けている。
「……隣で黙って聞いていれば人のことを大したことないだの人の祖母をスライムだの……貴様ら無礼が過ぎるぞ」
あっ、けっこう気にしてたんだ。それ。止めてあげればよかったね。イルマは今更そう思った。
杖を少しだけ振り上げて、地面に放った。ずごしゅ。霜柱を破壊して森の土に杖が食い込む。ごき、と捻った首の骨から音がした。お客さん、こってますね。
「まあ4万5千キロメートルほど譲って僕と僕の血族への無礼はいいとしよう……僕が大したことないのは事実だ。それで祖母が過小評価を受けてしまったのなら責められるのは僕だしね。少しハンデをくれてやる」
ばさりと白いマントを脱ぎ捨てた。下に着ている長い上着と、その下の薄型ダウンジャケット。眼鏡を外してカバンの中に押し込む。眼鏡があった時と大して印象は変わらない。
「これで僕の視力は0,024だ。貴様らの人数もろくに見えてない」
ばちん、ばちん。手を保護するためにつけている手袋を、さらに固定するためにつけている金属の腕輪を外した。手袋をどこか優雅な手つきで抜き取る。意外にすべすべした触り心地の良さそうな素肌が現れる。
「当たり判定も広くなったな。動脈なら掠れば死ねる……おまけに」
仕上げとばかりにカバンの中から銀色の鞘に収まった優美なレイピアを引き抜いた。鞘を払う。武器の類とは思えない繊細さだ。刃渡りは1メートルあるかないか。カバンを地面に下ろす。
「僕の武器はこれだけだ。いい条件だと思わないか?死にたい奴から出てこい……さあ」
決闘だ、と彼は言い放った。あまりにも時代遅れで錯乱とすら見える行動に集落の民が言葉を失う。
猟銃とか農具とか、そういう武器をたくさん持っている複数の相手にレイピア一本ひっさげて「決闘」?イルマからすれば口調まで変えて、あなた疲れてるのよ、とでも言いたくなるような行動である。
これが国家資格を持つ、魔導師の行動だろうか?少なくともイルマはこんな非合理的で非現実的な手段は取らない。師も取らなかっただろう。何なんだこの助手は。
ぽかんと口を開けて、イルマを含めた人々はしばらくユングを眺めていたが、すぐそんなことをしている場合じゃないと思いなおした。イルマを捕まえているおっさんの一人が声を上げる。
「こ、こいつを殺すぞ!?あ、怪しい動きしやがって!」
「やってみろ」前方に刃先を向けた構えを解くこともせずに言う。
「先生を殺せば、僕を止められるものはこの世から消える。どのみち貴様らも死ぬぞ」
やってみろっておいおい。刺激してどうする。私が死んでもいいのかよとイルマは思った。
銀行強盗とか立てこもりとかに対する返答として最悪だ。確かに死んだ人質に効果がないことくらいちょっと考えればわかるけど、生きている人質を捨てはないだろう。
「ねー、ユング。私、今猛烈に裏切られた気分だよ」
「あははっ何言ってるんですか先生ったら。まだ何も斬ってませんよ!」
うるせえ。お前が切ったのは人間関係なんだよ。物理的な話は誰もしてないんだよ。うまいこと言いやがって。座布団一枚!
自信たっぷりな相手の態度に唖然として顔を見合わせつつも村人たちは一つの結論に達した。人海戦術。質より量。一対多数。圧倒的に有利。間合いが違う。つまりは、こういうことである。
「こっちのほうが多いじゃねえか!こんなやつ皆でかかればなんてことないぜ!」
一人がそう叫んだのを皮切りに、全員が武器を構えてユングを取り囲んだ。その様は海へなだれ込んでいくレミングの群れにも似ていた。
集団心理って怖い。捕まったままのイルマはそんなことを思った。猟友会のおじさんがレイピア男に発砲する。まあそうなるわな、と人の死にざまを見守るモードになったイルマの目の前でユングは剣を軽く振った。
外れたのだろう、彼は無傷である。
銀色の一閃が鉛の弾を擦るように捉えて軌道を変えたように見えたのは……気のせいだろうか。いや、おとぼけはやめよう。発砲と、剣が軽く振られたことと、銃弾が突然、軌道を変えて彼を素通りしたことと、その関係はもう明々白々。
だが、可能なのか?そんなことが?信じられない。
「なあ、この国の歴史小説なんかでは。剣で鉛の弾を真っ二つにする王の話があるが、あれは本物の化け物だ……」
師の言葉が耳によみがえる。サーベルを磨きながらため息交じりに話したこと。
「俺が見た中で一番の使い手は、重い太刀で弾を軽く弾いてできた間隙に自分の体を滑り込ませることで回避していた」
ほう。使う武器以外は何とも現実的な回避方法だ。弾を切るよりは、の話だが。逃げろよ。何で銃に剣で立ち向かうんだよ。何なんだよその勇気は。
ソファの上で相対性理論か何かの本を読みながら少女は思ったがそこにはあえて触れなかった。
「ししょー、それもコピーしたの?」
「いいや、無理だったな……発想が違いすぎる。あの剣術は不可解と不合理と不利益と不可能と不思議の末に行き着くものだったから、数回見た程度では憶えられん。あれも大概の化け物だ」
ふうんと過去のイルマはうなずいた。だがそこじゃない。その先だ。答えがあるのは。思い出せ。私は知ってるはずだ。
「その化け物が話した、この国随一の使い手は……そう、あのとき30年以上前と言っていたから50年以上前になるのか。50年以上前に、出会ったそうだ。あのじじいも今は百を超えるだろう……生きていればの話だが。ふっ、ならばこの国随一の使い手とやらも、もう生きてはいまいがな」
手入れの終わったサーベルを鞘に戻して椅子を立ち、どこかへしまって戻ってきた。疲れ切ったように椅子へ沈み込んで長々と息を吐く。
過去のイルマはばさっと本を閉じた。ソファを降りて座っている師の膝に登る。ロッキングチェアが大きく揺れた。
「……重い」
師は嫌そうな顔をするだけで追い払おうとはしなかった。そんな元気はなかったのだろうけど、少女はそれをいいことに居座った。
「ねー、そのおじいさんが話した使い手ってどんな風にしてたの?きーんって弾いたりしてた?」
「いや。それは剣の強度的に無理がある。そいつはレイピアを使っていたらしいからな、そんなことをすれば刃が曲がる……こら、揺らすな。酔う」
酔うのにこの椅子に座ったんだ?別にいいけど。揺らすのをやめたら優しく、力なく頭を撫でてくれた。
季節は覚えていないが、ぞっとするほど冷たい手だった。氷のような、というのではない。死体のように貼りついて体温を奪っていく冷たさだ。対照的に乗っている膝、というより太もものあたりは温かい。胸のあたりも。まだ温かい。
「そいつは銃にも詳しくて……剣の峰に当たる部分を使って、わずかに弾の側面を擦り……回転を狂わせて軌道を変えたそうだ」
化け物だろう、と……。
剣士ってロマンの塊だと思います。軍隊と違ってファンタジーとも相性がいいし魔法使いと並べてもまあまあ。
ユングは眼鏡を外しても顔には変化はあまりないです。そもそも、眼鏡外すとイケメン・美女って無理があると思うんです。眼鏡は確かに似合う人と似合わない人がいるけど顔は変わってないから。
ただ、視力矯正用のコンタクトレンズをつけると裸眼の時より瞳がキラキラして見えるのは事実です。
剣の腕前としては
昔話の王様>>ししょーの話に出てきた化け物≧この国随一の使い手=ユング
で、
ユング>>>(越えられない壁)>>>>>熟練の兵士>>>>>ししょー≧その辺の兵士≒イルマ>>>一般的な剣士
となります。