不肖の身内
お久しぶりです。唐突に現在に帰ってきます。久々に現実逃避してます。ありんこがね。
「先生、留守電来てますよ」
「んー」電話の本体へ向かって、表示されている番号を一応はチェックして、ぱちぱちとボタンを押す。録音データが消えた。「よっし」
朝食はシュガートーストだ。バターと砂糖をそれはそれはゴテゴテに塗ったくって焦げそうなくらいトーストする。
トースターは使わない。油が出るから内部の何か繊細な機構にダメージを与えるかもしれない。それに甘い匂いのクロックマダムはちょっと嫌だし。電子レンジのトースト機能だ。
ちょっと髪の毛が鬱陶しいので一本に束ねる。高い位置でくくった割にうなじにもふもふを感じる。伸びたなあ。切りに行こうかなあ。
「聞かないんですか?」
咎めるようにユングが言った。聞かないよ。だって連絡とって何になるってのさ。
「それはわざわざ着信音が鳴らないように設定してたからいいんだ」
はあ、とかふう、とか曖昧な返事をして、レンジの前へ戻る。焼き上がりを待っているらしい。あと続報も待っているな。納得してないんだ。
お前の納得なんか知るかマス掻いて寝ろという気分もあるが曲がりなりにも一緒に仕事をしているので誠意が蠢いている。うー。しかし面倒なんだよなあ。
「君さあ、身内に犯罪者が出たらどうする?」
朝食ついでにできるだけ軽い感じで問いかけてみた。ああもちろん魔界に犯罪などはないってのは無しね。
「首をはねます。即座に」
彼も朝食ついでに簡潔な感じで答えた。何と言っていいのかさっぱりである。やっぱり脳ミソに筋肉が詰まってる人は違うわねーなんて言ったらいいのか。野蛮だと非難すればいいのか。いっそそのくらい単純ならどんなにいいか。
「うーん何て言うのか、同じ空気吸いたくないでしょ?おんなじですよ。そんな奴と一部でもゲノム配列共有してたくないでしょ。なので肉体は地に、魂は魔神様にお返しします。欠陥品としてね。ついでにそいつに纏わる記憶や思い出をあるものは上書きあるものは抹消して忘れます。消し飛べ!」
人権でお金を稼いでる方々に怒られるぞ。何か、真面目にやってきた真面目な人と、悪いことしてきた悪い人は全く同じように扱わないといけないらしいから。犯罪者にだって人権はあるんだってさ。人間なんだし当たり前だけどね。
でもそれは、どんなに真面目にやってても特にいいことはないってことだよな。
「ああうんそこから入った私が馬鹿だったよ。ちょっと戻ってきてくれたまえ。ひとまずパン食べよう。ね?」
白い歯がシュガートーストを噛み切る音を聞きながら牛乳を少し口に含む。冷えたバターが口の中に貼りついた。ざらざら。
「この国の刑務所はねー、囚人が出所や仮釈放するとわざわざ家族に連絡するのだよ」
「はあ」
「もちろん首をはねるためじゃないからね?」
イルマだってそんなことはしない。家族は大切にしなきゃ。ねえししょー。
「……ああ、さっきの留守電はそれだったんですね」
「そう。ム所の番号入れて鳴らないように設定いじくってやったの」
やっとひとつ納得したようだ。大型犬のように首を曲げてイルマを覗き込む。
「お父さん……ですか」
「そうだよ」
電車の音がした。見上げた時計はラッシュアワーには少し早い辺りを指している。うまく躱す皆さんの時間か。電車が行ってしまってから犬の散歩。吠えている。意外とうるさい。黙り込んだまま通り過ぎるのを待って、口を開いた。だって気まずいじゃない。
「ヤク決めて妻……私の母親をメッタ刺しにして捕まった人だね」
「何の連絡やらわかりませんね」
彼は吐き捨てるように言った。驚いて上目づかいに顔を見る。ぷにぷにの頬に朱が差している。引き結んだ唇。おろ。
「なに、怒ってんの?私、何かした?プリン没収したのバレた?」
「先生に怒ってるんじゃないです。あとそれは今知りました。あとで詳しい説明を求めます」
よくわかんないや。
「ええよくわかりました。聞きたくないですよね……父親の声は」
「うーん聞けるのはム所の職員さんの声なんだけどね?ほら」パンの耳をかじる。鬢のあたりのほつれが少し邪魔だ。「関わり合いになりたくないじゃない」
「え?」
だって薬中だよ。自分の奥さんメッタ刺しにしちゃうような人だよ。ヤバくない?社会不適合者じゃん。怖いじゃん。
「フロストさんは死んで薬抜けてるからいいけどさ、生きてる薬中なんかできればお近づきになりたくないよ」
少年は眼鏡越しにイルマを見て、そうですね、と悲しい顔で言った。