秋になると夏を思い出す
どうも、ありんこです。思い出すということは忘れるという不実があるから起こることなのでしょうか。そんな感じの回想です。
記憶力の悪い身としては思い出すだけでもしたいものです。
「ついでに教えておこうか」
ここならししょーがそうだ。
付かず離れず、邪魔にならないように。動きをよく見て、巻き添えにならないように気を付けながら盾にする。敵の攻撃にも目を配り躱して上手いことししょーに誘導する。
相手が自分の存在を気にせず敵をぶちのめせるように。さすがにまだ師を殺せはしないが、躱し続けるだけならどうにかなる。
「拳にはざっくり三つの種類がある」
「ストレートとフックとアッパーとデンプシーロールかな?」
「四つになってるぞ。しかも一つなんか違うな」
ひょいと一人の襟首をつかんで放り投げた。少し腰を落とす。珍しく何のひねりもない正拳突きだ。胸元を狙ったその拳からごく当たり前のように破砕音が響く。
「これが、外部破壊」
倒れた男の身体には、胸部がなかった。大穴の周りに服がある。骨の欠片と臓物の成れの果てが飛び散った。
「あーうん、骨いかれたね、ししょーも」
「何のための治癒魔法だ?」
あらぬ方向を向いた指をぱきぽきと元の位置に戻して治癒魔法をかける。
「ここで豆知識。骨折に対する治癒は擦過傷や切創に使うより多く魔力を消費するが、腫れる前ならば比較的魔力を消費しない。骨をもとの位置に戻しておくことも有効だ。
「ちなみに打撲などのうっ血でも同じだ。要は血でも骨でも邪魔なものがあると多く魔力を消費するのだな。覚えておけ。
「さておき……今のは極端に振ったからな。やりすぎるとこんな風に自分の手もグダグダだ」
身体を張るいい師匠なのだろうか。次も胸への正拳突きだったが、何だか湿ったような音がした。声一つ上げずに男が倒れこむ。
「これが二つ目。内部破壊だ」
「内臓?」
「うーん。どうかな……最近思うように力が入らなくて。手が震えるというか」
思うように力が入らない人が成人男性をぽんぽんぶっ飛ばしていいはずがないが、呟きにいつもと違う色を見る。素直というか、隙のないこの男の隙そのものというか。
「上手くいったらどうなってんの?」
「胃、肝臓、すい臓、腎臓もか、その他諸々の内臓があるいは弾けあるいは裂けて体内で混ざる。本当にうまく決まれば骨はノーダメージ、皮膚には小さな内出血しか出ない。それで、これが三つ目」
爆音が拳とネクタイの間で響いた。思わず首をすくめる。
胸を殴られた人はふらふらと二三歩後ろに下がり、「あれっ」と困惑の声を発した。さっきの二人と違い、死んでない。
「音が大きいけどあんまり痛くないやつ、だ」
「それ何か意味あんの?」
きらりと藤色の瞳が輝いた。
「優しさに包まれてると思う」
なるほど、特に意味はないと。
ストリート裏ファイトは最終的にインテリ感のあるあの人がその辺にあった鉄パイプで生きたまま串刺しにされて終わった。もちろん可能だが、ししょーは力任せにぶち込むなんて野蛮な真似はしない。
肛門より少し前に切り込みを入れて、余計なものに引っ掛からないように先を丸くした棒を優しく差し込み地面に垂直に立てるのだ。後は自重で棒が口からせりあがってくる。
帰る途中でアイスクリームの自販機を見た。暑い日だったから迷わずねだった。
「駄目だ。節約は大事なんだ……」
当然のことながら男は首を振った。だがここまでは読み通り。ここからが勝負なのだ。自販機の前に足を止める。
「ねえちょっと見てよー、期間限定だよ?食べてみたくない?半分こしようよー」
「むう……」
のそのそとイルマのところまで引き返し、チビを強制連行しようと持ち上げたところで彼の目にもそれが留まる。期間限定、梨とヨーグルト。なぜこんなおっさんが期間限定品を見分けられるのか、そんなことは気にしてはならない。
「一つだけだぞ?」
「やったー!」
もくろみ通り男は3カウロを自販機に放り込んだ。しゃりしゃりと食べながら家路を急ぐ。おいしいのは師の唾液ばかりのせいではあるまい。唾液。つまり……間接キ……キッ……。げふん。梨って本当においしいよね!
こう暑いとアイスなんかあっという間にとろけてしまいそうだが、なかなかどうしてアイスは耐え切った。うむ、美味であったと包装紙を別の自販機の隣のゴミ箱に突っ込んで、角を曲がると事務所が見えた。
事務所の前に立つ、一組の男女が見えた。
「ああ、今の無し」イルマは首を振って思い出したものを振り払った。「そういうのいいから」
現実は変わらず電車の中だった。ユングがちらりと横目でこちらをうかがっている。
「何か問題でも?」
「いんや」
きっと頭痛のせいだ。眉根が寄るのも、どうでもいいことを思い出すのも。
この章が何の前フリか、とかね!