帰路(ry
本編です。帰り道が怖いタイプの迷宮ではなかったっ。
幼女はウルウルと泣き出した。何でだろう。ちゃんと身分説明したし、あとで解くって言ったのになあ。
「どう聞いても誘拐犯の言葉ですからねえ。おうち帰ろうねーくらい言えないんですかあ?子供の相手は得意でしょ?あなたも子供なんだから」
訳知り顔でユングがほざく。お前も未成年者だろうが。
「うっさい。脱童貞して調子に乗りやがって。君なんか奇声上げて剣を振り回す変態じゃないか。ばーか!短小!包茎!」
「先生下品!この子が変な言葉覚えたらどうするんですか!親御さんに何て言われるか……僕は……僕は悲しいです!」
悲しんどけ。
用が済んだので元通り包みをくるくると巻いて、小脇に抱える。さあ帰ろう。
なお、イルマとユングが喋るのには問題はない。この辺りの通路は狭いためミノタウロスやスプリガン(装甲を剥ぎ、醤油で漬ける。素の状態では癖のない淡白な味)といった比較的小型の生物しか入ってこられない。
そしてこれらはそれなりに育った人間の声には寄ってこないからだ。というのは、やはりコルヌタの魔物食文化による。
神聖大陸の魔物たちは大人の声を聞いたり人間の姿を見ると咆哮とともに襲い掛かってくる。人間は餌で魔物がそれを食うという一方的な捕食関係があるためだ。
しかし、ここでは魔物も人間の餌になりうる。
なりうる、だけだったらよかったのだが、人の欲とは厄介なものである。夕飯、接待、土産物……人々は様々な理由から食料の安定した供給を目指した。そのためにあらゆる手を使って魔物を狩って狩って狩りまくった。
やがてスプリガンやミノタウロス、通常サイズまでのワームを狩ることが日常となっていった。一連の流れがマニュアル化されていったのだ。
結果、魔物たちは人間の大人を見ても近寄らないようになっていた。誇り高き魔族Aユングなんかは
「何を逃げているこの軟弱者!見苦しいぞッ戦えッさもなくば死ね!」
とか
「人間にも勝てないのかッ。ここで引導を渡してくれる!」
または
「ギェアアァアアアッ!(殺意)」
とか言いそうだが、そうはいかないのである。
もちろん相手が寄ってこないのでは人間は困る。迷宮内は多湿であったり低温であったり、基本的に人間が長くとどまるべき場所ではない。獲物を探してうろうろするにはあまりにもリスキー。
そんなときは餌で釣ればいいのだ。今度は子供の声を録音したテープを使い誘き出して狩りまくった。すると魔物たちは人間そのものを警戒し近づかないということを覚えたのである。残念だけど当然だ。
本当に子供を見かけた時は静かにそっと近づいて攫う。今回みたいに。
幸いにして魔導収束砲を撃つ必要はなかった。少し遠かったがそのまま帰ってこられた。うむ。なぜか幼女が泣き止まないが一件落着。
……だったらよかったのだが、そう、魔界ノミである。
つなぎを脱ぎ捨て、あちこちに噛みついていた魔界ノミどもを駆除。薬品で殺してから、噛まれている部分を少し切り開いてそうっと吻を摘出するのだ。地味に痛い。しかもバラバラに噛みつくから麻酔なんかしない。内腿に噛みつくのマジでやめて。
これに比べると血を吸うときだけ鼻息が荒ぶるどこぞの吸血鬼のほうがマシだ。
「そうだ!ブラムさんに一日血を提供したら翌日魔界ノミが噛みついてこないとかそういうジンクスないかな?」
あったらいいな。ブラムさんは太るだろうけど。そう思って言ったのだが、カーテンの向こうの寝台で同様の摘出作業を行われているユングはそうは思わなかったようだ。
「あははは!いいですね!それはいい!先生は吸ってもらえますもんね!でも僕には一生無理そうだ!畜生!」
「うん、なんかごめんね。怒らないで」
ミノタウロスから強盗した内臓込みのマテリアルをいい感じに売り、報酬をいただいて、もう遅いから泊めてもらって帰路につく。
「チッ、幼女救出も含めて半ギデンぽっちかよ。ざけんな。政治家は何してる!また老人に媚を売ってるのか!あのクソガキもういっぺん穴倉に投げ込んできてやろうかね、え?」
半ギデンとは、12万五千円程度の金額である。安いアパートの部屋代四か月分くらいだ。ポイントカードがいっぱいなら据え置きPCが一台買えるかもしれない。
一日働いてこの金額と思えば安くはないが、次の収入がいつになるかはわからないしいくらもらえるのかもわからない。ユングが来てからこっち右肩上がりのエンゲル係数が下がることを願うばかりだ。
売れ残ったモツを鍋にしたらひとまず一食分は浮くか。
「やめてください。もう電車来ますから。あとその言い方だとまるで先生があらかじめ幼女を迷宮に投げ込んだみたいでしょ?あらぬ疑い掛けられるの嫌でしょ?」
アナウンスがあった。黄色い線より後ろに下がれとか何とか、つまり電車が来るらしい。ラッシュアワーを避けたのでホームにいるのは魔導師コンビとあとは暇なご老人の皆さんくらいだ。
よく見かけるけど、どこに住んでるどんな人たちでどこへ向かうんだろう。普段何をしてるんだ?
「私はこの国の警察を信用しているのさ。きっと無実は証明される。正義は勝つ!」
「あら、殊勝なところもあるんですね」
書き溜めがないのでそろそろ休みます。