迷路の必勝法
本編です。ちょっと予習しておきましょうか。
ダンジョンといえば迷宮!迷宮の怪物といえばミノタウロス!若い男と女を7人ずつで産め!神の子を!てな流れでしたね。
ミノタウロス。言わずもがなの頭が牛で体が筋肉質な人間の魔物だ。ホルモンのミノのことではない。
暗い場所を好み、かといってあまりに暗いと目の構造上何も見えないため小から中規模の迷宮によく生息する。そろそろ視力を捨てるか明るい場所に適応するか何かしたほうがいいんじゃないか。
神聖大陸でミノスとかいう一部地域の変態おばさんが牛とおやりになって産んだという伝説があるため「ミノスの牡牛」という名がついているが牝牛もいる。ちなみに牛の精子と人間の卵は受精しないか何かなので伝説は間違っている。
ただしミノタウロスと貿易大陸の人々との間についてはこの限りではない。
なお、コルヌタでは「不味いやつ」くらいの扱いだったらしく取り立てて名前は付けられていない。確かに肉は臭みがあっておいしくない。しかも迷宮の底に住んでいるので捕獲に向かうのもしんどい。
だが近代になってモツがうまいことが判明した。ミノタウロスは繁殖力が弱いらしいので(なんと地面から生えてこない・空気中に湧いて出ない)個体数の激減が懸念されている。
おっとまだ獲るなとは言われてないんだぜっと。
草食動物の頭部と雑食動物の身体を持つくせになぜか肉食な魔物である。歯の内容は牛と同じらしいのだが食べる。無理しなくていいんだよと言ってあげたい。
また、雑食でまずいはずの人間を好んで食らう変なやつらだ。ひょっとすると主に地下で暮らしているから栄養分に飢えているのかもしれない。
地上から来た生き物として人間がわかりやすいというただそれだけの理由なのかもしれない。
「困ったな、タイムリミットがだいぶ縮むぞ……」
しかもどこへ連れ去られたかもわからない。詰みだ。これは詰みだ。どう考えてもイルマの責任じゃないが全責任を負わされるやつだ。はめやがったな。カミュに悪意はなかっただろうが恨む。
まあ、一人なら。
「何とかならないかね?」
相棒は少し誇らしげに答えた。
「できますよ、たぶん」そして自分に付加魔法をかける。「ここは寒いので、生物がいればわかります。先生が今言ったのに近いのは向こうのアレですかね。多分まだ生きてます」
ミノタウロスは知能は低いが文化のようなものを持っている。獲物によってはすぐには食わず置いておいたりする。幼女は得難い獲物ということか。
ユングのほうは強化した熱視覚で周囲を探っているのだろう。言わないと思いつきもしないのが残念だが、こんな時は役立つ。
「やーりぃ!経路は?ついでに経路も割り出してくれたら助かるな!」
ユングは首を振った。鞄の中から杖を取り出す。茎短に構えられた。長く太く武骨なそれは予想通り狭い迷宮の壁を擦って振り上げられた。これはひょっとして、と一歩下がって見守る。
予想通り壁が砕け散った。
「必要ありません!このまままっすぐ!壁を割って進みます!」
「ひゅー!イカすねえ!」
もちろん、地下にある迷宮において壁を壊す行為はよろしくない。崩落や陥没の恐れがあるからだ。一応、ユングも努めて大きな穴を開けないよう注意している。
しかし、ここブリニ迷宮では「陥没の危険がない」という事実は気休め程度にしかならない。時空のゆがみが無作為に再構成した空間のため、場所によっては物理法則が通じない。いつ崩れてもおかしくないのだ。
そもそも、多くの迷宮で「壁を壊してくれるなよ」というのは「使える道を潰すな」という意味である。しかしここでは使える道など残したところで何の意味もない。
他にもぐっている者もない。今二人通れて帰りが何とかなれば後は野となれ山となれ。最悪上に向けて魔導収束砲でも撃てば助かるんでないの。
「それはそれで、角度を間違えたら大変なことになるのでは」
言ってみたらユングが渋い顔をした。
「え?何で?街は迷宮の範囲から外れてるよ?地盤が崩れたりして危ないから」
「それでもですよ。魔導収束砲の威力くらいわかってるでしょ?大惨事ですよ?」
魔導収束砲の射程はある程度自由にいじれる上に一人でやる分には威力もまあまあ調整が効くのだが、面倒なので訂正しないことにした。どのみち家の一つや二つ吹っ飛ぶ威力だ。教えてやる義理もない。
危険性で言うと壁を壊して前に進むほうが地下に地割れを作りながら進むようなものでずっとヤバいがそれもいいだろう。今はただ進むんだ。
無事に帰れるんですかねえ……。