攻略不能
ダンジョンはどこまでやったら攻略したと言えるのか?それはわからないけども、本編です。
カミュがもたらした仕事は思ったよりヘビーだった。いや、カミュがもたらしたとも言い切れない。そもそもの仕事はまた大量発生した魔物の間引きだった。
この界隈では魔物は地面から無尽蔵に生えてきたり空気中に無限に出現したりするから仕方ない。大量発生だってひどい時は1時間単位で起こったりする。これ自体はありふれた仕事だった。
この日はイルマも復帰したてで本調子でないからとカミュもついて行った。いくら相手が三秒間に五体ずつ増えても声だけで命を奪える大魔導師がいて長引くわけがない。あっという間に終わった。
問題はそのあとである。
この地域にも迷宮があった。かなり小規模のものだが、『小さな大迷宮』と矛盾したあだ名がついている。ブリニ迷宮という。巨木の根元の穴が入り口になっている。他にも出入口はあるはずだがよく崩壊するのではっきりしない。
メインの出入口は年々広がっており、それに従って出てくる魔物が巨大化しているが、原因はシロアリのようだ。老木ということもあり、いつか木自体が枯れて大変なことになるというので国や自治体は対策に頭を悩ませている。
どうしようと憤然とはしているようだがどうしようがあるのかは判然としない。とりあえず、シロアリを駆除しつつ樹木医に診てもらっているそうだ。
とはいうものの、決してその時が訪れたというわけでもなかった。
シロアリが木を枯らすのは短く見積もってあと百年かかるし、木が寿命を迎えるのもあと八十年かかるだろうと言われている。
地震のほうが先に来るかもしれないが、この木は百年位前この地域を襲った大地震の際も倒れなかった。ファンタジーな何かの影響だからこの先も地震の影響は受けないだろう。
そもそも木が枯れて巨大な魔物が出てきたとして、それがコルヌタの日常と何が違うのか。死者もケガ人もいつも通りの範疇だ。
でも対策を打つだけ打たないと政権与党が叩かれるのね。
このブリニ迷宮に、女児が一人迷い込んだ。危険が危ないから今日中に助け出してほしいとのことだ。そりゃあそうだ。ブリニ迷宮は規模のわりに死者が多い。
魔物たちもさることながら、魔界ノミと呼ばれるものが数多く生息している。イルマたちコルヌタ人とはよく似た存在だ。
昆虫と魔物の交雑種。普段は肢を入れて2ミリ程度の大きさだが、魔物や生物の血を吸って二時間以内に直径2センチ、大き目のスーパーボールくらいに膨れ上がる。獲物にとりつくとフェロモンを発し仲間を呼ぶ。
魔界ノミという割に魔界にはあまり生息していないようだ。淘汰されたのだろう。迷宮には大体いるが、ブリニ迷宮以外の場所では遭遇率は高くない。
壊血病や狂竜病を媒介するほか、血を吸われ続けると失血死の危険がある。吸血に使われる吻は非常に折れやすく素人が下手に取り除くと吻が体内に残り傷口が化膿する。
主にワームやミノタウロスの血を吸い、ネズミとは食ったり食われたりの仲という悪魔みたいな生き物である。なおこのネズミも魔物との交雑種である。でかい。何でも食う。以上。
幸いにも魔界ノミは低温多湿な迷宮内の環境に過剰適応しており、気温20℃以上あれば、それでなくとも湿度が飽和水蒸気量に達さないと繁殖できない。服の隙間などから潜り込むことに長けており、自力で長い距離を移動することはない。
寿命も長くて半年だ。そのうち死ぬ。コルヌタは冬は乾燥し寒く、夏は高温多湿。この気候が変わらない限り、国外に出ることはないだろうとされている。出たらバイオテロである。
なお、ブリニ迷宮には地図がない。
ところどころレンガの漆喰の壁や、絵の描かれた天井、化粧石を敷いた床などから推測するに、この迷宮は元々は古代文明の遺跡らしい。だがいまだその文明も迷宮も全貌は明らかになっていない。いや、明らかになることなど永遠にないだろう。そういう性質だ。
コルヌタは地震大国である。
プレートテクトニクスとやらもさることながら、火山なんか掃いて捨てるほどあるし時空のゆがみも随所にある。おそらくは数千年に一回程度、噴火と地震と時空のゆがみで地上の生物が絶滅する時が来るのだ。
文化財は粉砕され、ほとんど残らない。たまたま時空のゆがみに作ってしまった困った建造物だけが時を超えるのだ。
「で……そのゆがみが迷宮を24時間ごとに分解・再構築するから地図を作っても無駄なんだっけ」
フィリフェル辺りの研究チームが決まったパターンはないかと調べた。そうすると計算上、少なくとも3680年の6502乗に一回同じ構造になる可能性が0.1パーセントを切るらしい。つまり決まったパターンなんてものはなかったのである。
「おう!今は21時35分に切り替わってるらしいぜ。今からだと……あと4時間弱か!さんきゅ!」
何を笑っているかこのおっさんは。イルマは横目でカミュを見た。
「私に行けと?」
「おうよ」
即答された。これは断っても聞いてくれないやつだ。正直嫌だった。魔物が出張っていらしたとかシンクホールがとかではない。ふざけて覗いたら落ちたと。それは落ちた餓鬼が悪いのである。お前んとこの子供が馬鹿なんだよ言わせんな。
「俺のことを待ってるやつがいるんだ」
「表計算ソフトさんかな」
「そうそう、従順で賢くていい子なんだ。もう付き合って十何年になるのかな。今度バージョンアップついでに母さんに紹介する。いいセルを産んでくれそうなんだ」
大魔導師は完全に血迷っていた。過労の弊害なのか。言ってて悲しくならないのだろうか。
「狂竜病怖いんだけど」
「安心しろ!今時死ぬような病気じゃねえって」
狂竜病とは、その名の通りドラゴン……の病気ではない。ワームの病気である。ドラゴンは感染しないのか感染しても発症しないのか、そう思わせておいて地味に発症しているのか定かでないが、少なくとも人類は確認していない。
原因となる細菌に感染し発症したワームは、頭がおかしくなってのたうち回ってどこかに頭をぶつけてもしくは衰弱して死ぬ。人間がかかってそうなるわけではないが、怖い話だ。
発症したワームの致死率は年によるが30パーセントから50パーセント。ある年ワームのほうで免疫を持ち出して死ぬ個体が30パーセントまで減少する。するとやがて細菌が変異して50パーセントまで戻る。
自然界とは壮大ないたちごっこと見つけたり。なおこの細菌は魔物ではない。普通の細菌。ふつうの。
人間がなった場合は、気管支に炎症が起き、咳と痰が出る。熱を伴う場合もある。一週間くらいで治るようだ。空気中での生存時間は45分程度で感染力は高くない。




