反証
おお ソロモンよ わたし は かえってきた
なお ほんぺんだ
「おお、よく覚えてるね。じゃあ一つずつ議論しようね」
大声でまた頭が痛かったが、記憶力に感心するイルマであった。どうも後頭部を殴られてから頭痛がひどい。どうしたんだろう。でも病院は明日でも行けるしな。ささっと書き留めて、否定を始める。
「まずね、ここ。『先生が死のうがどうしようが……』の部分ね。ここでの『先生』はこの私、イルマで構わないかい。父の名はオリバー、母の名は……」
「はい、充分です。どうせ聞いてもわかりません」
あんじゅ、と無音で口が動く。声帯はついてきたが唇はついてこなかったのだ。言葉を遮ってきっぱりと言った。育ちのいいヤツには珍しい。それだけ的外れな自信があるのだろう。メッチャ的外れな自信が。
「目の前にいる先生で十分です。なお該当の箇所についてですが、僕はその根拠として、前回ドラゴンを呼び出した際の惨事とそれでも記録が残るということを挙げています」
よろしいよろしい。イルマは根拠として『過去の惨事』『残る記録』と書き加えた。
「じゃあ、私はこう反論するよ。『惨事はもう起こらない』そして『彼らは私が死ぬと困る』。これも書いておこうかね」
「完全に真逆じゃないですか」
「当たり前だろ反論なんだから。いいから聞けよ。……『残る記録』。確かに私が死んでも記録は残るよ。だけど、術者が生きてないとわからないことってのももちろんある。問題の、四千年前の資料の後半を見な」
後半は筆跡が小さく傾いだものに変わっている。筆記体というやつか、ユングには読めなかった。古語というのがさらに読みづらくしていた。悩んで泣きついた。
「チッ。一回しか読み上げないからよく聞けよ」
悪態をつきながらイルマは忌々しげに資料を取り上げて、朗々と読み上げた。
「死者の召喚は失敗した。召喚されたのはドラゴンだった。実験を行ったケイロンは食われ、ドラゴンは西へ飛び去った。我々は陣の周囲と触媒を観察した。
「周囲は魔物によって踏み荒らされているが、陣そのものは計画通りに描かれたようだ。また触媒は白く風化しているようだが、この遺骨は火葬されたものであるため、触媒として機能した結果の劣化であるか否かはわからない。……どうだい?」
「ぼんやりしてますね」
うっ!ぼんやりしたツラをしている、殴りたいッ。
「ぼんやりしてるだろ。『ようだ』ってことは、この記録者にもよくわかってなかったんだね。そのものずばり『わからない』とも言ってるし」
少し眉を上げてひらひらと記録を振ってみせた。もちろんこれ以上ないほど役に立つのだが、こんなもの大して役に立たないといわんばかりに。
「大体、これ途中からコイツの思い出話になってて、『あの時ケイロンが私のほうへ記録用紙を押しやったのは、今にして思うと虫の知らせだったのだろうか』って……知ったこっちゃねえんだよ。この記録でさえ、残らなかった可能性がある」
ユングの脳裏にひらめくものがあった。
「人は逃げても、記録は、逃げられない!」
うん、と頭が痛いので唸るだけにして、イルマは確認した。
「術者が死ぬと残らない記録もあるし、記録自体が残らないこともある。『彼らは私が死ぬと困る』いいね?」
「はい、次は『惨事はもう起こらない』ですね」
「そうだよー」
昼飯が決まった。お好み風ジャーマンポテトだ。でもキッチンに向かうのはまだ早い。この馬鹿メガネを説き伏せないといけない。
「今は状況が全然違うんだ。私はキリカ……ドラゴンの名前を知っている。召喚する許可を受けている。最初からドラゴンを喚ぶつもりでやる」
「わかってますよう。それだけじゃ心もとないと思うんですよ。間違って別個体を喚び出したらどうします?ケイロンとやらの序の舞ですよ」
それを言うなら二の舞だな。
地味に偉業を成し遂げようとしているらしいんですけども、やっぱり大物になるイルマなんて想像できない?奇遇ですね。ありんこにもさっぱりです。平和に地べたを這っていてほしいです。