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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
死と乙女
379/398

扉の向こう

 本編です。更新したつもりだったんです。すいません。

「いや、その理屈はおかしい」

 焼き飯を掻っ込みながらイルマは言った。さっき勝手に辞書と資料を持ち出したかどでユングを砂にしたばかりだ。

 何で元の場所に返さない、だからお前の部屋は散らかるんだと師に言われたのを思い出した。言ってやりたい。でもあいつの部屋は片付いている。あ、違うか。物がないんだ。あいつ趣味がないから。つまらない男。

 ついでにユングから話を聞いた。陰謀がどうとか、危険が危ないとか。そのうえでの返答だった。なお、返答しながら、一晩出しっぱなしで放置されたメイリンに埋め合わせとして膝枕をしながら、朝食をとりながら何か計算している。忙しいことだ。

「え、でも、僕のことは結構バレバレなんですよね?フィリフェルでも甲種魔導師くらいなら知ってそうですよね?」

「うん」

 うんって。そぐわない相槌に力が抜けそうになる。しかしそれは、イルマはいつも通りで慌てても恐れてもいないということでもあった。少し気が楽になる。

「じゃあ、触媒として利用したかったのでは?前はそうだったんでしょ?実存のほうは確信できるほどでもないでしょうし、骨ももう使い切ってしまったから」

「いんやそれはない」

 きっぱりと言った。

 ごちそうさま、と手を合わせて、メイリンにどいてもらって、あの世に帰ってもらって、イルマは席を立った。先生どこ行くんですかぁ。急いで後を追う。

 特に返事もせず、イルマは事務所を出た。階段を降りた。玄関の鍵を閉めた。それから、バイクをちょっと脇に押しやって、クリーム色のペンキの塗られた鉄の重い扉を開けた。

 梅雨時に異世界原人が眺めていて、その時は「開けるな」と脅していたあの扉だ。中はガレージらしい。空っぽのかび臭い空間だ。床にある扉のようなものを開けて、また階段を降りる。

「先生、ここは……」

 声が不思議な反響を起こした。どうやら、中はずいぶん入り組んでいるらしい。

「私の工房だよ。あんまり使わないし、物は多いし……工房って名前の物置と取ってもらってもかまわないがね」

 暗闇の中へ一歩踏み込む気配があった。突然視界が開ける。電気のスイッチを手探りで押したらしかった。淡い緑の双眸がこちらを見ている。

「おいで。取って食いやしないからさ」

 そう言われても、何とも入りづらかった。そもそも工房とは実験やその他作業を行う、一人の魔法使いの知の結晶ともいえる特別な場所だ。

 とはいえ個々人の在り方が多彩となった今では工房をもたない魔法使いも数多くいる。魔導師ですら工房を持っていないことがある。その場合でも、自分の部屋かどこかの空間がそれに近いものとなっていることが多い。

 イルマはキッチンで死体の防腐処理を行っているし、書斎や自室で書き物などをしている。彼女もその手の魔導師だと思っていたから驚いた。

 だが何より、彼にとっては工房という場所自体が入りづらい理由だった。工房とはまさに『魔法使いの城』なのだ。相手の口の中へ飛び込むようなものだ。魔族の血は闘争を求めるが、決して無謀ではない。この中では勝ち目はない。

 しかし彼は踏ん張った。頑張ってついて入った。よしよしいい子いい子、とイルマに褒められた。微妙だった。

 工房の中には彼女が言った通り色々なものが押し込まれていた。

 大きな箱。箱には仕切りがあって、防腐処理を施した鳥の死体が種類ごとに並べて保存してある。カラス、シジュウカラ、カケス、スズメ、人面鳥、ツバメ、カイツブリ、イヌワシは一羽だけ、コノハズク、ハト。ネズミやイタチなんかもあるみたいだ。

 不思議な形の杖がいくつも埃を被って、電球色のLEDの灯りに影を落としている。ちゃんと布がかけてあるのだが、工房なんかより美術館や博物館が似合いそうな繊細な細工のものもあるようだ。

 見る限り使われていない。少し眺めていたら、イルマが振り向いた。

「それはお花だよー」

「お花?」

「うん。ししょーが持ってた杖なんだけどね、使い手を選ぶんだよねえ。杖の機能を果たさないんだ。だってししょーですら選ばれなかったんだぜ?誰が使えるのあれ……何の役にも立たない遺品87号だよ」

 でも置いてるんだ、と思った。なぜか不思議には思わなかった。美術館や博物館にくれてやったって一銭にもならないからだ。僕も先生に毒されてきたな。

 イルマが足を止めた。ここで止まるようだった。

 そんなに遠くまで歩いたわけではないだろうが、押し込まれたものたちのために工房の中が迷路のようになっていて時間がかかったのだ。ユングは大体そのように理解した。

 正直、何度も何度も曲がり角を曲がらされて距離も方向も完全に感覚が狂っていた。迷宮もかくやと思わされる。やはり工房なんて入るものではない。

 何となくイルマの視線の先を見る。今度は何が並んでいるのかわからない。

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