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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
死と乙女
377/398

スッキリしない

 本編ですね。今年最後の更新はどうなるのか、無計画です。

「先生、ご飯ですよー」

 開けっ放しだったドアを通り過ぎて、ユングはイルマの背中に声をかけた。机に突っ伏して、動いていない。

 ぞわっと背筋が震えたが、よく見れば息をしている。ホッとするとともに馬鹿馬鹿しいような恥ずかしいような気持ちが湧いてきたのを独り言でごまかした。

「やだー、先生ったらこんなとこで寝ちゃってー」

 いっつも僕に臭いから風呂に入って寝ろって言うくせに。ちょっと口をとがらせて、焼き飯は冷蔵庫に入れておくとして、ベッドから掛け布団をとってその肩に掛けた。起きなかった。

 やっぱり疲れたんだろう。あとは部屋の電気を消しておくか。リモコンを探して机の上を眺めた彼は、初めてその実験記録をちゃんと見た。

 マイクロフィルム撮影したものを印刷したと思しき白黒の紙だ。実験を行い記録を作った魔法使いが、その名と実験内容や経過を古いフィリフェル語で記している。

 フィリフェル語自体はわかるが、古語となると少し自信がない。だから内容は知らない。しかし、それでもわかることがあった。

 途中から筆跡が違うのだ。最初に記録を書き始めたのは、大胆な男っぽい字を書く誰か。途中からは明らかに女のそれだ。そればかりか灰色の部分がある。これは元の紙の汚れだろう。液体だ。細い線状の跡は拭ったためか。

(ひょっとして……)

 そっとイルマの手をずらした。紙の一番上に署名がある。ケイロン、と読めた。それで何もかも分かった。

 これだ。間違ってドラゴンを呼び出したときの魔法陣。それだけではなく、その日のすべての記録。ドラゴンの召喚をもくろむイルマにとっては是が非にもほしい資料だ。

 しかし、なぜリリアはこれを持って来られたんだろう。

 なぜ彼女が手に入れられたのかはわかる。そもそもフィリフェルの死霊術に関する資料だ。名門生まれの甲種魔導師、それも死霊術師とあらば煩雑な手続きはあるとしても十分可能ではないか。

 しかし、しかしとまた首をひねる。

 何がこんなに引っ掛かるのだろう。自問が続いていく。いや待て、整理しよう。リリアはドラゴンを喚び出した失敗の記録を手に入れた。それを、ドラゴンを喚ぼうとしているイルマに置いていった。

 それだけじゃないか。たったの二段階だ。なにもおかしいところはない。

 実のところそれはおかしいのだった。

 記録を手に入れることは可能で、必要とする相手に渡せる機会があった。それだけのこととはいえ、都合がよすぎる。いやむしろ、と思った。

 逆だったのではないか?『必要とする相手に渡せる機会』があったから、『手に入れることが可能』な記録を手に入れたのではないか?

 そう思った時、ユングは体が芯から冷えるような感覚を味わった。

 リリアはどうやって、イルマがドラゴンを喚ぼうとしていることを知ったのだろうか。

 もちろん不可能なことではない。いくら魔物大国コルヌタでもドラゴンが出たら非常に目立つ。イルマだって隠したりはしていない。

 隠していないのは耳にしたところで魔法を知らないものには夢物語だし、魔法使いや魔法について知識のある人々は大げさなホラとして処理するからだ。もしくは誰しもが通る挫折の道と考えるかもしれない。

 いいだろう、リリアはたまたまこの噂を耳にして、ホラと思わず正当に評価して関連のある資料を渡した。そういうことにしよう。だとしてもまだ疑問が残る。

 記録は彼らにとっても、いやむしろ彼らだからこそ何よりも貴重なもののはず。ぽんと見も知らぬ外国人にくれてやれるものではない。何がイルマのことを信用させた?師の実存か?それはありえない。

 実存は確かに魔導師として最強だったかもしれない。しかしそれは戦っての話である。彼は研究にかかわるようなことはほとんどしていない。

 雑用くらいはしたと思うが、ただすでにある魔法と自分以外に使えない魔法とを活用して無双しただけだ。協奏が唯一新たに開発したといえる技術だろうが、彼が死んだ今使えるのはイルマただ一人である。研究者として重んじるべき実証性は無に等しい。

 研究第一のフィリフェル人が宝物を渡すほど彼を、その弟子を評価するだろうか。

(自分ではどうしても活用できない確信でもあったのか?)

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