水辺にて
本編です。しかし、誰一人喋りません。
さて頃合いだろう。混血人類がなぜに魔族と混血したのかについて書いていくことにする。
世界全体では差別されている彼らだが、この状態に至るまでにはのっぴきならない事情があった。
魔族たちは人間界への侵略を繰り返した。現在の混血大陸にいる人類のほとんどは、この時魔族へ差し出されたお姉さんや一時的な停戦協定のため青肌な嫁をとることになったお兄さんの子孫なのだ。それ自体はいいだろう。
侵略とはそういうものだ。そして、侵略は魔族の本能である。
もう一つ、人と同じような姿をしている魔族をそれと知らず迎え入れていた例。多くの国はこのパターンだが、例外がある。
例によって例外がコルヌタだったりする。
黎明期のコルヌタは、もう出現した時点で他の人間界から隔離されているようなものだった。しかも奴隷の産地だった。他にも同じ土地内にクマソだか何だったか、異民族との小競り合いを繰り返していた。
つまり、昔のコルヌタ人は人間は本能で侵略をしないとか話せば分かり合えるといったことを知らなかったのである。彼らの世界にいたのは仲間を除けば壁の向こうの敵と壁のこちら側の敵と海の向こうからくる謎の奴らだった。
この三択で仲良くしたいのはどちらかというと海の向こうの謎の奴らだったらしい。魔族は文明も進んでいたし、侵略以外にも貿易目的でコルヌタの地を踏んだ。
魔族は本能で侵略してくるが話せばわかるということを知ったコルヌタは、魔界を手本に発展していく。律令制や条坊制が有名だが、他の文化も取り入れられている。例えば反乱だ。反乱への対応は魔族から伝わったものをそのまま適用していた。
曰く、下剋上は臣下として当然の権利・義務であり、反乱を理由に処罰することはあってはならないと。しかし反乱自体を退けること、その過程でうっかり臣下が死ぬのは可であると。
これにより近代までのコルヌタは、繰り返される反乱をそのたびごとに王家とその取り巻きが全力で潰しまくり一方で首謀者を放置、結果として何度でも反乱され続けるというめちゃくちゃ変な国だった。
取り巻きだって時々反乱を起こす。潰されるとケロッとして元の地位に戻ってくる。また、何の罰もないから簡単に反乱がおきるのである。無限もぐら叩きかといいたい。が、それはともかく、法律や文化が魔族のそれとよく似るようになってきた。
すると、魔族が移り住んでくる。これも彼らの侵略ではあったが、特に拒むものもなかった。それどころか、魔族との間に生まれた子供は役人として優遇された。
これは文明が進んでいるだけ、という考えもなく、ただ漠然と『魔族なんかすごい』としか考えていなかったためである。コルヌタの多くの人々は進んで魔族と混血するようになる。これが若干プラスに働いた。
コルヌタ人の動きが魔族の侵略本能を満たしていったのだ。初期ほど略奪や破壊が行われなくなっていった。代わりに、魔族にはコルヌタも魔界の一部と認識されていくことになる。
もう少し時代が下ると壁が取り払われて、貿易大陸の他の混血人類とも交じっていくようになった。今となってはコルヌタだけ妙に混じっている魔族の種類が多いなんてことはない。
ちなみに、知性のない魔物との混血はほとんど起こらないと前に書いたが、半魔制作以外にも例外はある。魔族というほど知性はないが割と知性のある魔物の場合である。
例えば、こんな話がある。
ある夜、独り身の男が浜辺なり川岸なりを散歩していたら全裸の女が現れて求婚してくるのだ。この後ヨーイショヨイショなのは予想がつくかと思うが、この女がザラタンだったりケルピーだったりするのだ。
子供だけ産んで帰ってしまったり、行燈の油を舐め倒したりして人間の大人にしてはまあアホの部類に入る程度の知性だが、この行動は彼らなりの知的な生存戦略である。
ザラタンは仲間で集まり年ごとにつがいを作り繁殖する。しかし、どこにでもあることで、売れ残りが発生する。売れ残ったものは子供を作れない。つまり自分の遺伝子を残せない。また次の年生きているかはわからない。
遺伝子を残すために、そして子孫の生存率を上げるために人間の元へやってくる。彼らは時々捕鯨船に狩られているのでコルヌタ語もまあまあ話せる。形態の全く異なる魔物や他の動物に求愛するより勝ち目があるというのだ。
ケルピーの場合はもう少し深刻である。彼らは一生つがいを変えない。また、同じ年に生まれた雌雄でしか繁殖しない。近親婚を避けるためらしいのだが、つまり最初に売れ残ったら一生独身とそういうことだ。
彼らはほとんどの場合コルヌタ語なんかまったく話せないが、人間に化けるのが得意だ。スケベな人にお持ち帰りしてもらおうというのである。
なおザラタンやケルピーは今でも時々現れる。しかし、夜中に水辺に倒れている全裸の美女を見ても現代人は警察と救急を呼ぶのである。全裸の男性の場合もあるが、この場合は警察を呼ぶ。
もちろん彼らは大いに困る。ケルピーは泣くだけだが、話せるザラタンなどは警察署で啖呵を切ったり恨み節を垂れたり開き直ったりするとか。そしてケースごとに子供を作ったりとぼとぼ川や海へ帰ったりする。