鍋と風呂
本編でっす。こんな直球題名、メッタニナインダカラネ。
(あーあ、後で愚痴垂れられるのは私なんだけどな)
テーブルの下でユングの足を軽く蹴飛ばした。おっとごめんよ、とわざとらしく謝ってやっと相手は箸を動かす作業に戻った。気遣いが足りないのは向こうだ。わざわざ教えてやることもなかろう。
「何でまた?雑炊じゃなくてラーメンがよかった?麺ないから無理だけど」
「あなたは契約した死者を使役するスタイルだそうね。珍しいタイプじゃないけど……悪霊の時の記録、見せてもらったわ。私が知る限り、あなたほど死者が使える死霊術師はいないの。私を含めてよ」
「人材が枯渇してるんだね」少なくともリリアよりは死者を使える自信があったが謙遜した。「でも別にそんなことはないんだよね。しいて言うなら、趣味?」
そうなの、変わってるわねと彼女は首をひねって食事に戻った。メイリンも戻る。イルマは内心ため息をついた。リリアは気づいてないだろうが修羅場だった。
つ……つかれた。
リリアが考えていることもわかる。死者は召喚者の魔力と生前の記憶で実体化したものだ。使役する術師に対して、使役される対象。使い魔だ。
確かに死霊術のこの分野はそういう発想で生まれた。魔物や魔族のように相手の事情に左右されることがなく、欲しい時にインスタントに手に入る頭のいい使い魔。
だがこうも思うのだ。
なるほど、現世に実体化しているのは召喚者の魔力と生前の記憶からだ。元の発想は主従関係からなのも間違いない。死んでるから事情とかない。便利である。
しかし、彼らはかつて生きていた人間なのである。記憶のほかに感情や精神性もそのまま残している。けなせば怒るし悲しむし、褒めれば照れるし喜ぶのだ。木石とは違う。
術自体に何のプラスもなくても、おいしそうな料理があれば唾がわくし食べれば味だって感じる。ただ術の結果もたらされる使い魔と考えるには少々複雑な関係なのだ。
つまり、いくらなんでも本人のいる前で使い魔として扱って話をするのはどうなんだ、とそう言いたい。
心の底ではどう思っていてくれてもかまわない。リリアは死体を使役するほうをメインに使う死霊術師だ。死者の使役など専門外だし、彼女が嫌われてもイルマは困らない。
しかし、ここにいるメイリンはイルマと契約しているのである。へそを曲げられるのは非常に困る。
「怒ってないさ」その夜、浴槽に肩まで浸かってメイリンは語った。「死霊術は一通り習ったって言っただろう。向こうから見て自分がどういう存在かくらいわかっている」
夕食後である。雑炊は結局明日の朝になった。やっぱり三人と死者一人に四人前はちょっと多かった。アルバートさんみたいに食事に執着のある死者でないと、本当に食べないんだな。
リリアにはさっさとお風呂を使ってもらって、ユングの部屋にそのまま泊まってもらった。あの馬鹿助手は事務所のソファで寝ればいいだろう。
「そうかい。私は怒ってる?なんて一言も聞いてないんだがね」
「うん……」
ぶくぶくと泡を吹きながら、銀髪がお湯の中へ消えていった。歯磨き粉の泡をうがいで吐きながら見守る。おおっ、けっこう潜ってるな。イルマが口を濯ぎ終えるころになって、メイリンがざばっと顔を出した。
「すまない嘘だ。怒ってる。割と怒ってるっ」
「だろうね」
心中察するよ。
リンスを濯いで、水を切って、タオルで頭を包み、体を洗う。さっぱりした。メイリンにちょっと詰めてもらって浴槽に入る。なかなかいい湯だ。あと、誰かとお風呂に入るのもなかなかいいものだ。
オフィーリアはお湯に溶けてしまって彼女の体内に入浴することになるし、フロストは変態だから何となく試したことがなかったけどいいと思った。ししょーはあまり一緒にお風呂入ってくれなかったなあ。セクハラしすぎたかもしれない。
無駄にでかい馬鹿助手と違って、譲り合えばいい感じにスペースを分け合えるのも高ポイント。
「頭でわかっているのと、感情とは別なんだな。初めて知ったよ……私の人生は何だったんだろうな。何してたんだろ」
自分の人生は無意味だったのか?死者が一度は抱く疑問だ。特に現世に召喚された死者はそうだ。召喚によって目前に現れる自分の生前と死後とで何も変わらない世界に失望する。世界は自分になど何の興味も関心もない。
誰だってわかっていることで、わかろうとすることだが、己の死によってそれがはっきりとした実感を伴って突きつけられる。生前の自分の視野の狭さや思い上がりに後悔する。だがもう何もかも遅いのだ。
イルマだっていつかは死ぬだろうし、すると十中八九地獄行きで気位が高いわけでもないから同じように死霊術師によって召喚されることになるだろう。その時にならないと本当の意味で理解することはできないが、それでもイルマはメイリンの目をじっと見て言った。
「いいや、きっとメイちゃんの人生にもそれなりに何らかの意味はあったはずだよ。それに、今まで知らなかったのは早死にしたからだろ。仕方ないんだよ。……私が殺したんだけどね」
がばっとメイリンが抱き着いてきた。人の素肌と触れ合う滑らかでやわらかな感触が伝わる。うおっ。溺死は嫌だぞ。
「メイちゃん?」
「何でもない。……でももう少し、このまま」
イマイチわからなかったが、好きにさせてあげようと思った。ユングは冷めきった風呂で十分だろう。