分かち合う
本編です。百合は好きですか?
「晩御飯は消化にいいのにしようか」
「ええっ。起きるかわかりませんよう!それに僕知ってるんですよ?冷蔵庫にサンマがあるでしょ!」
「誰のせいで寝てるのかなー。あと君が知ってるのは単に今日は代わりに買い物に出たからだね」
「えへ、それほどでもありますねえ」
照れるところなのだろうか。逆説的に食料品のことを日ごろまるで気にしていないという皮肉なのに。餓鬼の使いやおまへんで。
しかしユングの予想通り、リリアが起きてきたのは夕飯前だった。顔色がよくない。まだ二日たっていないけど、二日酔いとかあるのかな?未成年なのでわからなかったが、白菜と薄切りサラマンダー肉のお鍋を勧める。味付けは素朴に魚の出汁だ。
「不可解な味付け!おいしいわね」
「気に入ってもらえたようで何よりだよ」不可解って誉め言葉だったんだな。うーん不可解。箸に乗せた白菜と肉にふうふうと息を吹きかける。「はい、メイちゃんあーん」
「あーん」
メイリンは幸せそうに肉と野菜を咀嚼した。おお、飲み込んだ。おいしく食べていらっしゃる。
「先生、またですかあ」
不満そうなのは飯食う機械……じゃなくてユングだ。分け前が減ると顔に書いてある。
「だっておいしいって言うから」
「おいしい。おいしい。おいしい!僕だってそのくらい言えます、言ってます!」
うるせえ。横目でユングを睨みながら口に入れた料理を飲み下す。
「いいじゃないか。私はちゃんと四人分作ったんだ。最後は雑炊もやるからさすがに満腹になると思うけど?」
「それに私は死者だから小食だぞ。へーきへーき」
ユングはまだ何か言いたそうだったが、ぷっと頬を膨らませて引き下がった。もめている間にできるだけ多く料理を腹に詰めたほうがいいと思ったらしい。奴にしてはいい判断だ。
肉汁の滴る薄切りサラマンダーを噛んで飲み込む。白菜が甘い。我ながらいい仕事をしたなあ。この季節は冷えだすから温かい料理が恋しくなる。あと冬に向けて脂肪分とか。
師も鍋をよく作ってくれた。イルマが寒さに負けないように食べさせていたらしいが、今にして思うと他にも目的がありそうだ。消化にいい、少しでも食べやすいものをできるだけ体に取り込もうとしていたのだろう。残念ながら一時間待たずに吐いていたが。
「ねえ、ちょっといい?」
夢中で食べていたリリアが口を開いた。夢中だった理由は大したことではない。鍋がおいしかったからだ。しかし、イルマの腕がいいというよりもフィリフェルの料理が非常に不味いせいである。
神聖大陸であるフィリフェルには牛や豚、鶏など本物食材がゴロゴロしていた。臭みを消す、だしを工夫するという部分はコルヌタほど発達しなかった。
とはいえ元の食材がよく、独創的な料理も多かった。このころのフィリフェルの料理はコルヌタにも輸入されている。しかし魔導師たちの蜂起が起こってしまったのである。
行き過ぎた実力主義のため、みんな魔法などの科学にかかりきりで、料理はどんどん手抜きになっていった。今となっては、さすがにホテルだとかレストランなんかは食えないこともないものを提供するが、多くの家庭は料理かもしれないという程度の暗黒物質を錬成している。
科学の進歩と引き換えに文化を失ったいい例である。
「なにー」
ユングにはもともと、この二人の会話を聞くつもりなどなかった。どうせ死霊術の話題だ。リリアは法律家のくせに裁判の話なんかしなかった。死霊術なら聞いたところで使えやしない。
もし彼が珍しい体質で素質があるとしても、新たにそれを覚えるよりは今身につけている技能を伸ばしたほうがいい。
イルマは人間としてはどうか知らないが、死霊術師としては凄腕といって申し分ないだろう。彼女と組んでいる以上、付け焼刃で覚えたって足を引っ張るだけだ。
もし必要な時が来るとしても、変な予備知識を持たず空っぽの状態でイルマに教えてもらうほうがいい。
なのに、リリアの声が鼓膜を貫いて脳髄に届いた。
「ひょっとしてパフォーマンスがよくなるの?」
――なんだって?
彼女の声は明瞭で良く響いた。彼女のコルヌタ語は完璧以外に表しようがなかった。だが何を言っているのか、彼には理解できなかった。イルマもキョトンとした顔で固まっている。
しかしだんだんと頭がはっきりしてきて、なぜ理解に苦しむのか了解せられた。彼女の言葉には主語がないのだ。『何が、どうした』の『何が』の部分が抜けている。
「……なんの?」
イルマは何のことか薄々察しはついていたが、聞いた。
「もちろんその死者のことよ」当たり前のようにそう言い放った。彼女にとっては当たり前だったからだ。「最初にも一緒にお茶会してたわよね?現世の物質を取り込ませることで性能がよくなったりするものなの?ちょっと聞いたことないけど、」
「すまない、ポン酢をくれないか」
まだ言い終える前だったが、メイリンが口をはさんだ。そっとポン酢の入ったシリコン容器を死者の手に渡す。
でも本当にポン酢をかけたかったわけでもないだろう。思うところはわからないでもない。が、リリアはそうではないことは明白だ。彼女が『そうではない』以上、対応はそれに準じたものになるだろう。
ありんこは、これぞ百合だ!みたいな百合百合しいのはあまり好みでなくて、ひょっとして百合?くらいのほのめかすような表現が美しいと思っています。妄想の余地があるというか、妄想の余地を許すというか。
曖昧なものが好きなんですかね。