百薬の長は麻薬の始まり
よっ。本編です。
オースマンといえば、フィリフェル国内ではその名が知れた死霊術師の家系である。二千年だか四千年だかの昔に、魔法で成り上がって貴族の地位と姓を手に入れたようだ。その後も優秀な人材を輩出し不動の地位を云々。
ここまでは割とよくあるパターンだ。
というのも、以前にも書いたようにかの国では魔法が使えないなら表に出てくるんじゃねえとそんな文化があるのである。優秀な人材を輩出し不動の地位を築かねば日も夜も明けぬ。あっという間にお取り潰しだ。
時期は前後するが、同じように魔法で成り上がり今に続く家系は千を下らない。庶民にそんなバカスカ特権階級を与えて政治や外交や経済は大丈夫だったんだろうかとイルマは思ったりする。まあ、大丈夫じゃないからコルヌタなんかとつるんでいるのだろう。
そんなよくある家ではあるのだが、同じ死霊術師であるイルマに限らず、歴史に関心のあるコルヌタ国民にとっては少し特別な家であった。
「小碓さんだね」
「さんって先生、そんな近所の人みたいな」
どう違うんだと思ってユングの顔を眺めた。この界隈はまさしく近所である。今も近所といえる。
コルヌタがかつて純粋人類に奴隷の産地として親しまれていたことはこれまた以前にも書いた。またフィリフェルはもともと奴隷を輸入する側だったということも。
もちろん、フィリフェルはコルヌタ以外の地域からも奴隷を採っていたし、コルヌタと貿易するようになってからも、コルヌタ以外の地域の奴隷の取引は行っていた。
コルヌタは止めなかった。この時すでに隣近所とは仲が悪かったらしい。
だから彼らがコルヌタとまともな国交を結ぶことにしたのは本当にたまたまきっかけがあったからにすぎないと言える。
偉く回りくどくなってしまったが、オースマンというのはこのきっかけに深くかかわる家なのだ。だから彼らは代々その名を姓として名乗っている。彼らの解釈と音韻の問題で多少異なるが、痕跡は認められる。
ところで、大昔の我らが美し国は呆れたことに第二王子までうっかり人さらいに攫われてしまったという。
むかしむかしの話ではあるが、仮にも王子である。王になる可能性のある人物である。もっとしっかり守るものではないものか。この攫われて売り飛ばされた王子の名を、小碓という。兄は大碓だ。おうす。おおうす。おーす!
話はここでつながるのである。
この小碓という人が具体的に何をやったかイルマはよく覚えていないが、ともあれ実力第一主義のフィリフェル人の心をつかんだ。
「よ、よく覚えてないけどってあーた……」
「うん、お尻にナニかを刺したんだっけ?ウホッ、頭を打ったせいかな、どうも記憶が曖昧なんだ」
「えええ……」
小碓さんはユングの親戚には相違ないので近所の人くらいの扱いでよかろう。当時の都はアールン県にあったらしいけど、御幸はあったらしいし今はここが都だし。アールン県民にこれだから帝都民はとまた文句を言われそうなことをちょっと考えてポイした。
つまり、オースマン家はこの小碓の関係者なのである。弁護士のリリアもこの国にゆかりのある人というわけだ。うむ。
弁護士で思い出したが、和解の道はなかったんだろうか?彼らの商売として、さっさと和解して前金だけもらうのがおいしい道なのではあるまいか?裁判費用を出してるのはイルマじゃなくて公務員の皆さんだから別にいいけど、そこらへんが気になる。
「まあその関係者は昼前から酔いつぶれて寝ちゃったけどね、誰かさんのせいで。誰かさんのせいで!」
ユングは眉毛を八の字にして非常に情けないツラになった。だってぇ、だって仕方ないんですようと口を尖らす。
確かに、リリアはオンカップをいたく気に入り飲みまくった。それは本人の嗜好だから仕方ない。問題は酔っぱらったねーちゃんの「酒が足りんぞ持ってこーい」に答えることができてしまったところにあるだろう。
もちろん、未成年が二人住んでいるだけの朝顔ビルヂングにも酒は置いてある。その昔、籠の(中で好き勝手してる)鳥であった実存の魔導師が(オタ活動に使ったあと残るのが)わずかばかりの給与から買った酒だ。
しかし、これらはそのうちのんびり休める時が来たらじっくり味わうために買ったもの。本人はのんびり休む前に病に倒れて死んだが、ともかく、廉価版のオンカップなどではなくそれなりに高くていい酒ばかりだ。
にもかかわらず、である。
「何だって君の部屋からオンカップがいくつもいくつも出てくるのさ」
初期はユングが往復してオンカップを届けていたが、酒も回って終盤になると、リリアはユングの部屋に踏み込んだ。流れるような動作でベッドの下をあらため、オンカップを発掘してますます飲んだくれた。
あれは思春期の息子の部屋からポルノ雑誌を見つけるまでの流れだった。今、彼女は恥ずかしながら一応最強と呼ばれた男が寝起きしていた部屋の床で眠っている。一応布団だけは掛けてあげた。
「た、たまたまですよう」
「それは君の股間についてるやつだな。あと、君は未成年だったように思うんだけど?」わかりやすく目が泳いだ。「まあ深くは聞かないよ。でも仕事前と吞みすぎは避けな」
「は、はーい」
本当に聞いているのかこいつは。イルマはちょっとユングの耳を引っ張ってみた。やだーとか何とか言って喜んでいた。うむ、理解に苦しむ。