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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
恋は盲目
370/398

よいこの独房 後編

 次回からはまた本編です。

 そもそも、なぜニーチェが独房行きになったのかといえば、死にかけの人間を一人、現世に戻したためである。

 とはいえ冥界は死ぬほど忙しいので、鬼が「コイツ死にかけてるけどまあいけるだろ」と判断した人間を此岸へ追い返すことはままある。それ自体はほとんど罪に問われない。

 今回問題だったのは、鬼が――ニーチェが自ら追い返したのではなく亡者を教唆して追い返させたという一部分だ。

「はあ……あのやかましい世間に、もう一度出ていかねばならんのか」

「これから娑婆に出ようって奴のセリフじゃねーな」

 まず、亡者は生前何らかの罪を犯しており、これを濯ぐために責め苦を受けるべきであるということ。責め苦は獄卒である鬼が行うということ。彼らは臨死体験人間なんか追い返してる場合ではないのだ。にもかかわらず、見習い獄卒のニーチェが教唆して追い返させた。

 また、死者は生者が生きたがるのと同様に死にたがっている。つまり、死にかけた人間を追い返すということは死者にとって殺人にも近い感覚だ。

 一方自分自身を蘇生するなどのエキセントリックなごく一部を除けば死後のことは罪に問われない。ニアリー殺人な追い返しは亡者の罪にはならない。本人が罪悪感を覚えようとも償えないのだ。

 最後に、見習いとはいえ獄卒と受刑者、亡者の間には歴然とした上下関係があるということ。亡者の生殺与奪ならぬ殺殺与奪はすべて鬼に管理されている。

 そんな鬼に命じられた場合、いつかの実存などのアウトバーンなごく一部を除き亡者は逆らうことができない。職権濫用というわけだ。

 ゆえに独房行きである。しかし今回はニーチェという幼い鬼がやったことだったため、素振りをやってもよい、眠くなったら寝てもよいなどマイルドエディションとなっている。

「言わなかった俺も悪いんだけどさあ、自分でやりゃこんなことにはならなかったんだぞ」

「うん、そのようだな」

 真っ二つになったほうのイチジクをかじった。つぶつぶぷちぷちした食感で意外と汁気がある。甘い。帰ったらジールにも食わせてやろう。いや、砂糖とワインで煮てやったほうが喜ぶかな?でもその前にもう一口。

「何でわざわざ教唆した?何で自分でやらなかったんだ?知り合いだろ?」

「うーん」

 ニーチェは首を傾げた。わからなかった。確かに彼は亡者にやらせてはならないことを今回のことがあるまで知らなかった。

 一応、仮面が即座に「自分が行くのはよくない」と言ってきたが、それより先にニーチェは自分ではやらず亡者にやらせることを決めていたと思う。

 仮面の側の理由はおそらく、今の自分をイルマに見せたくないとまではいかずとも躊躇があったからで、土壇場で迷うよりは亡者を行かせたほうがいいということだろうが、ニーチェ自身の理由はわからない。

――いや。

 むしろ、ニーチェは会いに行きたかったのだ。わが子同然の少女に会いたかった。でもそうしなかった。仮面に言われたからではない。

 イルマが死にかけているのを知ったとき、最初に沸いた感情は悲しみでも焦りでもなかった。そういうものは後から来た。あの時はただ、いっそのことと思った。

(あの子は何より大事だから)

 大事だから、他の誰かに損なわれてはならない。それくらいならいっそ最初から自分の手で殺さなくてはならない。ここで死なせるわけにはいかないのだ。ならば、此岸に戻すしかない。

 だからニーチェはイルマを損なうことなく現世へ戻さなくてはならなかった。しかし顔を合わせれば連れて行きたくなるだろう。それではいけないのだ。

(連れて行きたくなる?つまり、俺は殺したいのか?)

 イルマを殺してしまいたいのか?自問して愕然とする。違う、そんなことがしたいんじゃない。してあげたかったこと、してやれなかったことが山のようにあるだけだ。時間があったら全部できたに違いない。

 そして今は時間がある。もっとたくさん料理を教えてやりたかった。寝る前には本を読んであげたかった。もっとぎゅっと抱きしめてやればよかった。あんな中途半端なものではなくて完全な洗脳を施して普通の女の子にしたかった。

 それがあんな蓮っ葉な子になっちゃって。どうもうまくはいかなかったが学校にも通わせたかった。部活動や生徒会、学校行事だとか、ごく当たり前の生活をさせてやりたかった。

 友達とふざけたり好きな子と出かけたり、結婚したり子供を産んだり、そんなことでいい。当たり前に育って当たり前の幸せを手にしてほしかった。

 全部エゴなのはわかっている。彼女の幸せは彼女自身が決めることであって、血の繋がらない赤の他人がどうこう言えるものではない。それでも、それでもと思う。

 生きて幸せになってほしい。でもこちらへ連れてきてしまいたい。

「おいおい、ちょっとちょっと」上官の声で我に帰った。「イチジク食いながら思いつめんなよ」

「……思いつめてたか?」

「鬼の形相だったぜ。……そういえばジールのやつ、部屋が片付かないとか言ってたな」

「ふーん」

 なんとなく聞き流して、イチジクをもぐもぐと食べきり、それから上官の言葉が頭に入ってきた。そういえばあの母親は片づけと掃除と家事全般がからきし駄目だった。血の気が引く音を耳の奥で聞く。足がひとりでに止まった。上官が振り向く。

「おいおい……真っ青だぞ。どうしたんだよ」

「かえりたくない……」

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