ちょっと不審なんだよね 後半
後半のほうですね。
「呑んだって、どこで?」
リリアは見る限り真面目なキャリアウーマンだ。イルマの中の基礎知識も大体そのように言っている。昼間からの飲酒はちょっと似つかわしくないな。
「今回、初めてこちらの伝統的な飲食店で朝食を頼んだのです」
「なるほど」
「あれは驚きました……」
今のを聞いてすべてがわかった。
帝都の古い飲み屋にはモーニングセットが存在する。内容は何と驚き、生卵に塩昆布とジョッキ一杯の生ビール。
伝統だが、誇らない。朝からの飲酒を奨励する伝統が海外に誇れるか?普通は誇らないんじゃなかろうか。ゆえにこれは有名ではない。リリアが知らなかったのもうなずける。
だから中途半端に「伝統的なコルヌタ帝都の飲食店の朝食は一風変わっている」みたいな情報を手に入れて試してしまったんだろう。純粋人類と混血人類は見た目ではとても違いが判らないし、彼女はコルヌタ語も堪能だ。お店の人の配慮がイマイチだったわけもわかる。
「なんかごめんね。えっと、オースマンって死霊術師の家系だったっけ」
「そうよ」
リリアはそう言ってから――おそらく盗聴や盗撮の気配を探り終えてからポニーテールを解いた。ついでに凛とした姿勢も少し崩す。どうやら髪型がオンオフのスイッチらしい。
「今日は、もちろん裁判もだけど、それ以上にあなたと喋ってみたくって」
窓からの日差しが解けた淡い色の髪をふわふわと風になびかせる。あれは金髪。いや、もっと薄い。プラチナか……銀にも近い。そういえば、色素の薄い目をしているな。
ああ、逆光だ。
「そりゃあ光栄だよ。んで、感想は?どうだったい」
イルマはいつも通りの不敵な笑みと得意になっているときの猫なで声だったが、いつも隣か足元にいるユングと一度殺されたメイリンは別の何かを感じ取った。
それはごく小さな神経や血管の動きだったり、肩に回されて首筋を撫でている手に一瞬こもった力だったりした。ユングはほんの少しの警戒をこの熟女にそっと向けた。メイリンは何も言わずにイルマの膝へ手をやった。
もちろんそれに気づかない甲種魔導師ではない。
「あらら、やめてくれない?別に他意はないわよ。喋ってみたかっただけ。本当よ」
ぱたぱたと手を振って否定する。警戒の意味自体は取り違えていた。
魔導師の少女が面識もない女性に後ろから殴られたという事件のためにやってきた彼女にとっては、純粋人類の彼女にとっては、危害を加えることを警戒されるほうが自然だった。
イルマには特に警戒されている様子はないが、よほど消すのがうまいのか。半人は使い手にも見えるが粗削りな感じがする。クッション代わりにされている死者は多分魔法職なんだろうが顔に覚えがないから大したことはないのだろう。
悪名高き実存の魔導師のたった一人の弟子は想像以上かもしれない。ひとつ大きな手ごたえを感じたところで、一番の問題に思い至った。
「あ、でも……今はもう一つ……」浮かべた笑みは弱弱しかった。「ちょっと、飲みすぎたみたい……泊めて?」