ちょっと不審なんだよね 前半
ちょっと不審な本編です。ひゅー。
「じゃ、契約しよっか」
「やった!これで他のやつらを断れる!」
ガッツポーズで喜ばれて、イルマは複雑な気分になった。どんだけ嫌がられてるんだ、死霊術師の皆さん。
死霊術の契約はあまり特別なことはしない。会社の面接なんかと同じである。
お互いに自己PRと、差し支えなければ死亡理由と、報酬など希望があればうかがう。今回の死亡理由は『イルマ』なので省く。とにかく、一緒に仕事をしていくためにお互いを知り認め合うのである。
さて、事務所から投げ出されたユングだが、契約のすり合わせが終わったころにツヤツヤした顔で帰ってきた。だいぶ発散できたらしい。結構結構。私はメイちゃんと意味深なお茶会をするんだ。
「いーなー。僕にもクッキーください!」
「つまめば?スーパーで買ったやつだけど。はい、メイちゃんあーん」
「あーん」
許可をもらえてほくほくのユングが席に着いたところで、事務所の前のインターホンが鳴った。来客である。
メイリンにもたれかかりつつ、クッキーを頬張ったユングを玄関に出して応対させる。ヤツ一人でできるような仕事なら任せてやろう。ダメそうならお帰りいただこう。
果たして、奴は身なりのきっちりした30歳くらいの女性を連れて戻った。ユングは揺れるポニーテールの向こう、うなじを見ているのだろう。いつになく目がスケベだ。
「先生、お茶会におひとり様追加です」
「どちらさん?」前にイルマの後頭部を殴った人とは違うようなので聞く。「あ、その辺に座って。靴脱いで上がって。……ユング、飲み物お出しして」
ユングはたいそう残念そうにオンカップを持ってきた。どこかに隠していたものらしい。いきなり酒を出すとは見た目通りいけてない奴だ。
女性はソファに腰を下ろしていただきますとオンカップに口をつけた。もちろん、イルマとメイリンがいちゃついている向かいのソファである。しかし、まだ日は高い。こんな時刻から平然と酒を飲むとは、見た目に反してイケナイお人である。
「いやあ、でも今日はもう吞みましたし」彼女は苦笑して名刺を取り出した。ユングは口臭とかそういうので感づいていたのだろう。「私はリリア・オースマン。あなたの弁護士です」
小さく書かれた職名は弁護士以外に甲種魔導師。知っている姓。この人はできると直感と知識の両方が教えてくれる。イルマはわずかに不審を抱いて相手を見返した。
「フィリフェルの人だね?」
「ええ。でも大丈夫ですよ。私はこちらでもたくさん仕事をしてきました」
不審げな視線の意味を出身のほうだと取ったのか彼女はそう言ってきた。わざわざ言われなくたってイルマだってそのくらい予想がつくし、フィリフェルとコルヌタの法律はまあまあ似ているから問題なかろうとも思う。
相違点を挙げるなら、フィリフェルでは殺人以外に学問研究の悪質な妨害を行った人に対してごく当たり前に死刑を宣告しコルヌタでは放火犯への報いがその他の軽犯罪と比べて異様に重いくらいか。前者はお国柄で後者は木造建築ばっかりだった昔の名残である。
だからちょっと不審なのはそこじゃない。