背後の誰かさん
お久しぶりです。本編です。
ぶちっと髪の毛を引っこ抜いて試すこと12ぶちっ目に、お目当ての彼女は姿を現した。
「さあ、吐いてもらおうか。座って。ほら」
頭が内から外から痛いので自分でもわかるほどとげのある言い方になっていたが、相手はにっこりとほほ笑んだ。
「うん、そういうところなんだな」
「何がさ?」
思わず顔をしかめる。メイリンはそっと椅子の側面を撫でた。ゆっくり腰を下ろす。
「私たちは死んでいるだろう。肉体もなくて、ここには生前の記憶と召喚者の魔力で存在している。つまり人間ではないわけだ。道具とか?いいところ使い魔、かな」
頷いた。その使い魔は主の心を読む。否定する意味もない。
「最近死んだのによく知ってるね」
イルマが殺したのである。
「一応教わったんでな。私はどうも気に入らなくてろくに練習しなかった。よって使えるほどではない。だって陰惨だし」
むむっ。むき出しのおでこにしっぺを入れる。
「差別はんたーい」
「違うしぃ……差別とか違うしー……」心なしか生前とキャラが違うような気がする。身内にはこんな感じなんだろうか。
「とにかく、あなたのほかの死霊術師はどこかで私たちを、死者を道具として見ている。見ているのが動作からわかる。心を読まなくてもわかる……そのたびに私たちは『そうだ、自分は死んだんだ』と再確認させられる」
それが寂しい、とメイリンは顔を曇らせた。
寂しいだろう。彼らが召喚に応じて求めるものは種種あるが、一番大きなものは『死んでいるけど何だか生きているような時間を過ごすこと』、疑似的な第二の生である。それを召喚者自身に己の死を再確認させられまくるのでは複雑だろう。
だが、そもそもイルマが殺したのである。
「いや待ってよ。そんなこと言ってるけど私も大概だよ。死者の皆さんは道具だと思ってるよ。こないだなんか捨て駒に使ったよ?」
「たしかに」
なぜか訳知り顔で頷くユングに腹が立ったのでちょっと相手に断って席を立ってケツを蹴った。あはんって言ってた。逆にメイリンは首を振るようである。
「いいや、魔女殿。あなたはそれでもどこか深いところで私たちを人間として扱っている。逆に言うと生きている人間も道具のように扱っているということになるか……。
「ともかく、その平等さが私たちを惹きつける。捨て駒って言ったか?上等だ。私だってあなたの指示なら命をいくら捨てたって惜しくはないさ。私だけじゃない。みんなそうだろう」
そういえば、と思った。
――いいや、俺は別に優しくはないぜ。それこそいーちゃんでなかったら速攻で契約切ってるとこだからよ。
けっこう失礼なことを考えたのに、セキショウはあっさり許して捨て駒にもなってくれた。他とイルマが違うのはこの点だったのだろうか?
「え、でも」
とはいえいくらなんでも地味な理由だ。問い詰めようとしたが、例によってメイリンは微妙にズレたことを言う。
「私もあなたに当たるまで既に数人に召喚されたが、奴らは駄目だったぞ。どんなにへりくだって見せても道具と思っているのが目に見える。少なくとも、こうして椅子を勧めてくれたのはあなただけだった。だから。私から、死者からというのは通例と違うが」
ぎし、と安物のソファがきしむ音がした。席を立ったメイリンがそっとイルマの頬に手をやって囁く。生ぬるい手。ぬるい吐息だった。まるで生きているような。
「契約しないか、塔の魔女」
近い。とにかくそう思った。何でこんなに寄ってくるんだ?ひとまず、肩をグイッと押して引き離す。メイリンは二三歩よろけて涙目になった。
「だめ……?」
「ううん駄目じゃないよ契約はするよ。でも近いよ。それと、後でね……聞きたいことがあるんだよ」
再びじっと相手を見る。今度はメイリンはイルマの隣に腰を下ろした。近い。でもさっきよりましか。死にかけた時の話をした。
「ああうん、それは私だ。感謝してくれてもいいぞ!」
「どうもありがとう」投げやりに言った。やっぱりメイリンは反りが合わない。「でね。何で助けてくれたのさ?私……ちょっと?」
またメイリンは移動していた。落ち着きのないヤツだ。今度はユングとひそひそ言っている。
「デレた……魔女殿がデレたぞ」
「そうなんだ。実はさっきも……」
「そうか。やはり頭を打って……」
イルマは激怒した。必ずこの失礼至極の魔導師を除かねばならぬと決意した。でも妹の結婚式以前に一人っ子だった。三日間代わりに捕まってくれるような友達はいなかった。とりあえず鞭をとって二人を滅多打ちにした。
「質問に答えたまえ」
メイリンが何か言う前にユングが「先生ェ!もっと!もっとぶってぇええええ!」とか何とか叫んでレイピア片手に飛びかかってきた。
万単位の爆裂系の魔法を叩き込んでぶっ飛ばし、あやとりで開けた窓から外へ投棄する。うるせえ。ぴしゃりと窓を閉めて、何か重いものが落ちた音を聞く。メイリンを見てにこっと笑う。
「……失礼したね。答えてくれたまえ」
「お、おう」彼女はもともと色白だから顔が青いのがよくわかった。何でかな?あはは、ここには私しか住んでなーいよ。「ひとに頼まれたんだ」
「ひと?亡者の誰か?」
ふるると首を振る。動揺しているのはどうしてだろう。虫をつまみだした以外、特に何もしなかったと思うが。
「それは、や――」
「や?」
言いかけて、メイリンははっとしたように口をつぐんだ。
「――やはり、言えませんなあ」
「ええ!いぢわる!いぢわる!」
駄々をこねる。だが、死者はうそをつかない。その死者が言えないというのならそれなりの理由がある。知らないほうがいいのかもしれない。
人間は、自分の外で自分の生殺与奪を決める何者かが動いていることなど知らないほうがいいのかもしれない。いるかどうかも怪しいが、いるならなるたけお会いしたくないものである。
そういえばラリラリ状態のユングは久々ですね。彼なりに気を遣っていたのでしょうか。