死霊術師のガチャ
本編ですよ。ぷるぷる。
ユングはしばし考え、抱えていた花束の花をかじり、ちょっとむせてから答えた。
「別にいいです」
「いいのかい?」
はい、と花束のラッピングを剥いでオリハルコンの花瓶に突っ込む。齧られた花もそのまま突っ込んでいる。それは取り除いてほしかった。ていうかこいつは飲み食いを挟まないとものが考えられないのか?
「僕はね、あの人が他人だから好きなんですよ。自分の外にあるものだから愛してるんです。溶け合ったらそれはもう彼女じゃなくて僕でしょう?でも先生は違います。先生は連理の枝っていうか比翼の鳥っていうか、相棒なので。今もほとんど僕というか」
相変わらず魔族理論だが要点は理解できただろう。ぐてんと机に潰れかかった。
「そうか、君は相棒のつもりだったんだね……」
「やめて!その哀れみに満ちた目を僕に向けないで!罵倒を!暴力を!いやああああっ!僕を辱めてぇえええ!」
頭に響くなあ、情緒不安定かよ。しかしイルマはユングの中でほとんど彼自身だったのか。なるほど。元々生えてるものがなくなるのは確かに寂しいものだ。
(つまり、私……は右手さんだったのか)
自分の中で何かが猛烈に下がる結論を得る。しかも思い当たる節がある。ユングのほうではすっかり現実逃避して脳内のイルマに苛めてもらっているようだ。
「おいクソメガネ、戻って来たまえ!」一声罵倒して現実に帰ってこさせる。「君は一つ勘違いをしているんだ」
「はい?」
僕は何をされるんですか?耳の中に生きたムカデとか突っ込まれるんですか?ボディサスペンションとかも面白そうですよね?とでも言いたいのだろうか、目が輝いている。完全に戻ってはないな。人語が通じるだけましと考えるか。
「君が相棒でいいよ」
「え?」
「私は意識がなかった。君が救急車を呼んでくれなかったら死んでたかもしれない。だからこの先は部下じゃなく相棒に昇格だ。もし君が不満でないならの話だけど」
ユングの目から光が消えた。そのまま両目から涙が溢れだす。
「先生……やっぱり脳に大きなダメージが……」
「何でさ!?」
真面目に言ったら変に心配されたらしい。彼は涙をぬぐうとそっとイルマの肩を抱いた。
「明日は病院に行きましょうね。病院はとっても楽しいところなんですよ」
「わ、私は正気だよ!離してよ!」ユングを振りほどく。「あ、それで思い出した!喚ばなきゃ!」
何を?と首をかしげる助手に待てをして魔力を練り上げる。使い慣れた死霊術だ。喚ぶのは今どこにいるかわからないけども縁の深い死者。
召喚の際に触媒としてイルマの体の一部を使えばイルマに縁の深い死者を喚べる。一部といっても、髪の毛を引っこ抜いて突っ込むくらいで十分だ。
「そりゃっ」陣の中心に現れたのは中年のおばさんだった。髪や目の色が違うけど先生に似てるなあとユングは思った。「またあんたか!外れだね!帰れ」
うっかり喚んだ母親を冥界に帰らせ、もう一丁髪の毛を抜いて魔力を集中する。この方法ではあまり対象が絞られず、狙った死者を出すのに回数がかかる。
しかし誰でも何回かは、いや間違いなく百倍以上の回数はこれをせねばならない。よってこの召喚法は一部の死霊術師の間で『悪い文明』と呼ばれているとかいないとか。
「ソシャゲのガチャみたいですねー」
「君はそんなことしてる暇があったら魔法をもうちょっと頑張ったらいいと思うんだ」
ユングは何かをアンインストールして泣いた。課金がどうとか言っていた。しらね。泣くくらいなら誰に何と言われようとも保持すりゃあいいのに馬鹿な奴だ。
この術を完成させるのは極めて簡単である。目当ての死者が出るまで引けばよいのだ。人の頭髪は何本あったか忘れたけどまあまあ多いみたいだからいけるだろう。
「誰を喚ぶんですか?」
「メイリン」その名を聞いてユングが目を見開いた。「死にかけた時に聞こえたんだ。こっちじゃない、帰れって」
気になる。あれは本当だったのか、どうか。本当にあったことならなぜ彼女がイルマをこの世へ押し戻すのか。死者というものは実は生者に劣らず合理的で打算的だ。助けるなら助けるなりの理由がなくてはならない。