お見舞い
なんだかんだ死の淵から這い上がってきた主人公もといイルマですが、これからどうするんでしょうね。そんな話です。
帝都の片隅で乙種魔導師が殴られて意識不明になったニュースは報じられていなかった。十中八九、加害者がか弱い女性だから保護されているのだろう。もっと報道すべきだと思う。平等はどうした、平等は。
でもひょっとしたら、前にあんな報道になったから甲種の人が誰か圧力をかけたのかもしれない。そんなことができるのはラスプーチンぐらいだが、はてどうなっているのだろうか。
マスコミが騒がないまま日にちが過ぎていった。
裁判のほうも続報は特になかったが、ダメだったらダメでまたあの方々がお怒りになるだろうから悪くはないのかなと思う。それどころか、全快したらカラオケに行こうぜと打診があったから好調かもしれない。きっとイルマの傷に響くのをはばかり何も言ってこないのだ。前向きに考えようっ。
「むーん、しっかしなあ」
「またこれですよう」
今日も今日とて事務所の前に山と積んであったお見舞いの品々を担ぎこんでユングがため息をつく。警察と救急車を呼んだもんだからこの辺りでは大騒ぎになってしまった。
机の上にうまいこと落っこち、下を向いたままのイルマの視界に入ったのはコルヌタの伝統的な酒、その廉価版である。
「オンカップ……?私は未成年なんだけどなあ」
経口摂取して殺菌しろってことか?路上で寝てるおっちゃんじゃあるまいに、いったい誰がこんなものを置いていったのだろう。いや、そうか。ルンペンのおっちゃんだな。
「またそれですかあ」
ユングは転げ落ちたオンカップをさりげなく回収するついでに手元を覗き込んでため息をついた。オンカップは彼の袖の下に入ったようだ。彼は成人にはまだ四年ほどの月日が隔たっていたようにも思うが、気のせいだろうか。
「うん。お仕事お仕事」
「先生、休みましょうよう。おばあちゃんまでお見舞い送ってきたんですよ?異常事態でしょ?」
おばあちゃん?つまりオフィーリア?イルマはソファに座ったまま顔を上げた。
「送って来たって、何を」
「原油1バレルです」
オフィーリアはイルマに何を期待しているのだろうか。灯油でもアスファルトでもレギュラーでもハイオクでもなく、原油を1バレル。蒸留する前のアレ。原油である。
どうしろというのだ。原油をどう処理すればいいんだ。ユングのほうでは何やら指示を待っている様子である。どうすればいいんだ。
「……よし、後でラッさんのとこに料金着払いの小包にして送るか。置いといて」
「はあい」
さて、今日も今日とて痛む頭をひねりつつイルマが眺めるのは魔法陣である。召喚の陣だ。これで喚ぶのは魔族だが、どうも難しい。
もちろん大方の魔族は喚ぶためのアルゴリズムが確定していて、していなくても近縁の魔族から推定が可能だ。知っているように描けばいいのである。しかし今回はそうはいかない。
リザードマンは見た目が似るがかなり違う。サラマンダーやワイバーンは系統樹だと割と遠縁らしい。それでも概形はできてきたが、この陣だとどうなるんだ?名前はどこへ入れたらいい?
むーんと唸るが特に何も思いつかない。唸り損である。
このところ、何でも屋を休業するしかなくなったイルマは研究者らしくドラゴンを召喚するための魔法を模索していた。史上初の挑戦である。
いや、挑戦自体は誰もがしてきたはずだから史上初『への』挑戦というべきか。どこにもドラゴンを召喚した記録がないので陣からして白紙の状態だ。
「何でです?一応、喚んだ人いるでしょう」
「いるよー。死者を喚ぼうとしたら運悪く魔法がバグってドラゴン出現させた上にパクって食べられちゃった大昔の魔法使いが、いるよー」
2000年くらい前の話である。このころはまだ死霊術の黎明期で、今ほど魔術が安定していなかったために起こった悲劇である。フィリフェルの人、ケイロンという死霊術師がうっかりミスをやらかしたのだ。
彼女は不運だった。喚ぶものを間違えただけでなく、喚んだものは空腹だったのである。頭からぱっくり飲み込まれ、持っていた杖と右の靴しか残らなかったという。
「その時の陣とか、残ってないんですか?」
「そりゃーあると思うよう。でもさあ、外国なんだよう。フィリフェルなんだよう。あっちじゃ神秘の隠匿とか言って海外に技術流出するの嫌がるしさあ……あー、そういえば」ふっと気が付いた。
「君さあ、冥界じゃ溶けあえないとか言ってたよね。それで二三、聞きたいことがあるんだけど」
言葉の意味自体はわかっている。魔物は死ぬと魔神に還元されるが、人間は冥界行きからの転生を繰り返す。それの何が悪いのかという思いもなくはないが、死んだらみな同じところに行くのだ一緒になるのだという教えでやってきた者にとっては良くないんだろう。
「溶けあえないのは彼女さんも同じじゃん?」
「はい同じですね」
「彼女さんが死なないように保護りに行ったほうがいいんじゃね?」