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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
恋は盲目
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慟哭 後編

 いやっはー。この時期に台風とかマジでおかしくなってきてますね。本編です。

「先生は死んで、冥界に行くんですよ。きっと僕が行くのは魔神様の体内です、別なんです。おじいちゃんの例があるのでひょっとしたらひょっとするかもしれないけど、それでも別です、違うんです」

 今度はユングが顔をぐしゃぐしゃにして涙を流す番だった。コイツにしては遅すぎるくらいの反応だ。それこそ圧死しかけた時の号泣が似つかわしいのに、何か気を使ったと見える。

(らしくもないね)

 馬鹿とまでは言わないまでも、深く考えて行動するような繊細さなどないくせに一丁前に他人の心配なんてするからこじれるのだ。またイヤイヤをするように首を振って頭を抱えてしまう。

「冥界じゃあ僕ら溶けあえないんです。バラバラなんです。気づいちゃったんです。嫌です。先生が死ぬのだけは嫌です……嫌ですよう」

 イルマは拘束の解けた左手を抜き取って席を立つと、静かにユングの隣に腰を下ろした。イルマの手を離した両手は黒髪の中へ埋まる。もう窒息はごめんだが、胸くらいは貸してやろう。手を回してぽんぽんと背中を叩く。

「なのに、なのにどうして、僕は何をやっているんだ、逃げて、助けるどころかあなたを窒息させて……僕のせいだ」

 バリバリと爪を立てて頭皮を引っ掻くというより、髪を抜くような動きだ。おいやめなよ、と声をかける。

「ハゲるぜ。そもそもね、言うほど君の責任かね?経験がなかったんだろ、せいぜい過失ってとこじゃないかい。せいぜい厳重注意だよ」

「そうじゃなくって……!」頭から手を離して体ごと振り向いた。

「僕は……僕はまだ、あんなことがあってまだ、ザビーナが、あの人が好きなんです。先生をあんな風に、明確な殺意も根拠のある敵意もなしに……あんな暴力ってないですよ!独りよがりで、悲劇のヒロイン気取りで!唾棄すべきなのに、むしろあの場で八つ裂きにするべきだったのに、真逆なんです」

 虚ろな空色の瞳に、少しゆがんだイルマの顔が映った。大きな精神的負荷と肉体の疲労で混乱している。拷問はむしろご褒美だったはずだが、今はそのように受け止めていない。打ちのめされて精神を摩耗させている。だかららしくないのだ。

「そんなぐだぐだ考えなくっていいよ。君らしくもない」

「でもっ……」

「くどいぜ。その魔族理論と自我の整合性も、ガールフレンドの馬鹿のことも、もっとマシなツラになってからじっくり考えな……ユングは私の心配なんかしてないで、これまで通り馬鹿丸出しにやってりゃあいいのさ」

 だけど、と口走るユングに「まああんまり進歩がなかったら叩き出すよ」と付け足して背中をびしっと叩く。

「大体、もっと他に言うことがあるはずだろ?君はどこへ帰ってきたんだい?」

 少年は呆けたようにじっと少女を見つめていたが、不意に口を開いた。

「……ただいま」

「やあ、おかえり」よし、これでひとまずいつも通りだ。ここへ居ついてもらうのは少し困るが最悪の事態は避けられた。席を立つ。「そんじゃ、ご飯にしようか」

 ちなみに、この場合の最悪の事態とは、ユングが今以上に駄目になってオフィーリアその他、地元魔界の皆さんに集中砲火される事態を指すのである。オリハルコンの打撃よりもっと確実な人生の終わりである。

 オフィーリア以外なら何とか殲滅できないこともないが、あの女傑はさすがに荷が勝ちすぎるだろう。しかも単体ではない。領地チームを率いてくるのだ。一対多数など基本的には対応の外である。そんな状況に陥るのは馬鹿しかいない。そこに至るまでに何とかして回避すべきである。

 嘘泣きで凄いことになっている顔を洗う。液体出しすぎた。

 一日ぶりのキッチンは特に何も変わったところはない。いや、ガスの元栓が閉められている。ちっめんどくせえ。つまみをひねるだけで火がつけられないじゃないか!火事にならないようにするためなのはわかっているがそう思った。

「あっ、僕がやりますよ!先生はどうか、安静に」

「それは勘弁してほしいなあ。お米は研いでもらうけど。私の料理はまずくはなくて食えたらいいからね、そもそも働くに入らないんだよね」

 まずくはなくて食えたらいい……ちょっとだけ上ハラミに刺さった。最初読んだときはそれが料理だ馬鹿言うんじゃねえと思ったが、改めて自分で言うと来るものがある。

「気にしてたんですか!?誓ってそんなことありませんよう!おいしいですよ!」

「そうかね。そう言われると嬉しいんだがね、本当に手間は掛けてないんだよ。ちょっとの時間キッチンに立つくらいどうってことないさ。心配ならそこに控えて救急にダイヤル合わせてな」

「ダメです。寝ててください。僕がやりますからばっ!?」

 思わず、手に取ったシート状のプラスチックまな板でユングの鼻先をしたたかに打った。しなりをつけて打った。

 わからないのだろうか。ここまでのやり取りでユングにはわからないのだろうか。直球で言ってやらねばわからないのだろうか。呆れてものも言えない。あと本気で心配しているらしいのが彼女の神経に触った。

「私がやると言っているんだよ。馬鹿かね、君は」

 いいや、こいつは馬鹿だったと自分で思う。怒りではない。虚無だ。妙に心は凪いでいて、もはや何の感情もわいてこない。目の前の虫を眺める。

「でっでもっ、安静でっ」

「あのねえ、少しはその肩の上のモノ使ったら?君がやると後片付けや何やで大変なんだよ。二度手間どころか三度四度だね、もちろん覚えたいって言うんなら教えてやってもいいが今はちょっと無理だ。そしてご飯はまた作らなきゃいけないんだぜ、安静どころか重労働だ」

 ユングはちょっと呆けたような顔をしたが、きりっと眉根を正した。納得はしかけたがどうしてもイルマに夕飯を作らせたくないらしい。

「しかし」

「まだわからないのかい」

「それでも……!」

「君には任せられないんだ」

「だとしてもッ!」

「いっつ……った」大声が頭に響いた。よろけてシンクの端に捕まる。また泣きそうな顔になってプルプル震えだす助手を睨みつけた。「わかれよ」

「わ、わかりました」

 うむ、よかろう。飯を炊いて来い。イルマはさっきユングを叩いたまな板を少し悩んで洗剤で洗い、よくすすいで布巾で拭ってから置いた。飯食ったら可及的速やかに風呂に入ってもらおう。こいつ犬臭い。

「無理しないでくださいよ」

「しないさ。君こそ馬鹿にしないでよ。そして食ったら風呂に入りたまえ、くさい」

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