最初から必殺技 2
回想の後半です。次回からはちゃんと本編やりますよ。
「消具は公文書にできる極大魔法ではあるが、俺はそうは思わんのよ。考えてもみろ……」
耳掃除をしながら話し出した。掻くのと一緒に反対側についているだるまの飾りがゆらゆら揺れる。
み、耳!セルフ耳責め!?おいしい。これは、これは沼だ。しかし魔法の話をしているぞ。さて、これはどっちに集中すべきなのだろう。いや、違うのか。これもまた、修行の一部。両方楽しんでなんぼではないかっ。
魔導師自身は単に耳がかゆかったので耳掃除を始めただけだが、イルマはそう思った。
「何で特に思い入れもない相手を痕跡ごと消し飛ばさにゃならんのだ。痕跡ごと消したいなんて、異常者じゃあるまいし初対面の人間に感じるわけがない。そうは思わんか」
かりかりかりかり。大きいのが取れないようだ。耳かきになりたい、いやむしろ耳垢になりたい。
「え?」あんさんは異常者と違うんかいなんてツッコミが浮かんでは消えた。「あ、うん、そうだね」
「いや俺はただの善良なる小市民で異常者なんかとは縁もゆかりも――ゲホン。協奏も、あれはそもそも魔法そのものではないが使いようによっては極大魔法としても扱える。だが、違う」
あ、ししょーツッコミ待ちしてたんだね。ツッコんであげればよかったなと思わないこともなかった。しかしフォローのようなものは何一つしなかった。
おっ、大物が取れたぞ。それをティッシュで包んで流れるようにごみ箱へポイ。ああ、何ともったいない……。
「どうした?」
耳かきの先がこっちを向いていた。もしかして投擲武器ですか。投げるんですかそれ。発射される前に答える。
「ううん別に。協奏の極大魔法……ひょっとして、魔導収束砲?」
「一人魔導収束砲だ、正式名称は。一人、一人を忘れるな」
非常にどうでもいい情報だと思われるだろうが、結構重要である。
そもそも魔導収束砲とは何なのかといえば、性質のそれぞれ異なる数種類の攻性魔法をこう、ぎゅっと凝縮して撃ち出す魔法の総称だ。五種類以上で属性がばらけてさえいれば攻性魔法の中身は問わない。つまり、特定の魔法につけられた名称ではない。
極大魔法の定義を確認しておこう。極めて大きな威力を誇る特定の魔法を分類するための尺度である。
魔導収束砲は威力も効果範囲も桁違い、発動させてしまえば基本的に防御も回避も不可の大技で、効果範囲を最大にした場合は瞬間的に発生するエネルギーで50Mt以上と核兵器をもしのぐ。破壊しつくすだけであって放射能は発生しない『優しい』攻撃である。
これは(総称であるという理由だけでなく)極大魔法として認められていない。
バラバラの性質を持つ攻性魔法を同時に発動しなおかつ一点に集中させて撃つという性質上、一人で発動できないのである。
別にバラバラの攻性魔法のほうはまだ難しくない。協奏まで行かなくとも、魔法陣に時限装置を組み込むとかだましだましでどうにかいける。問題はこれを束ねて撃つほうだ。とても一人ではできない。
そして、数人で使うならコントロールとタイミングが難しいので詠唱必須である。ゆえに必要人数は一番少なくて6人、射程や狙いが安定するのは12人以上となる。大体、たくさん魔法を使うから必要な魔力の量だって馬鹿にならない。
カテゴリとしては極大魔法というより合体魔法なのだ。しかも詠唱する分時間を取るため、実戦で使うなら割に合わない。
こういった問題を協奏を用いて克服したものが『一人魔導収束砲』だ。もちろんいくら協奏を使ったところで一人では発動済みの攻性魔法の手綱を取ることはほとんど不可能に近い。特筆すべきは発想の転換だ。
協奏というのはいくつもの魔法を同時に発動するための技術である。だから、一点に集中させて撃つという作業を攻性魔法と一緒に進めることも不可能ではない。そうすれば攻性魔法の発動とほぼ同時に一点集中の陣が出来上がる。後はこれで撃ち出すだけというものである。
魔力が足りればできることだし、ちょっと練習すれば無詠唱での発動だってできる。
完璧な作戦だ。実存以外に『不可能』ということを抜きにすれば。
そう、この時点で協奏を使えるのは病み魔法使いただ一人だったのだ。ゆえに、一人魔導収束砲もどうするのか大魔導協会の審議中である。今もまだ審議は終わっていない。半世紀くらい後には結論が出るかもしれない。
「一人魔導収束砲……も、結構すごい魔法だと思うけど違うわけ」
「違う。考えてみろ、一人の人間を相手にしていて何で地面に大穴開けたり海割ったりするんだ」
「うーん……」
わかりにくかった。
「じゃあ地上でMS一機落とすのにコロニー撃ち落としたりできるビームを撃つか?最終回ならなくはなさそうだが、普段は撃たないよな?そんなもん撃ったら地球がやばいよな?」
「あ、うんうん。それはわかる。撃たない」
外した時も当たった時も大惨事だ。
「そういうことさ。しかも俺の相手はあんなんじゃない、生身の人間かそれ以外だ。町を焼くのに核攻撃でも余るくらいだぞ。基本的には魔導収束砲なんぞ撃つ必要がない」
だから。
だから、極大魔法はこれじゃないんだと男は言った。
「じゃあ何なのさ」
「安心しろ、貴様にもできることだ」
「いやだから何なのさ?」
窓からの光線が色の抜けた髪を透かして宝石のように瞳を輝かせ、魔導師はぞっとするほど蠱惑的な笑みを浮かべた。
「騙し討ち」
でも書き溜めがないのでしばらく休みますね。