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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
雪片舞う
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花を摘む

 本編です。トイレじゃないよ。

 翌日、イルマは朝から花屋さんを目指して歩いた。どうせ仕事もするし着替えるのが面倒だから魔導師フル装備で出てきた。花屋さんの位置?バスで二つ先のバス停からちょっと行ったところだ。少し遠いが、バスに乗るのはもったいない。

 もちろん買ったばかりの黒板に「もうすぐ帰ります」とか何とか適当なことを書いてきたから大丈夫だ。お客さんがいたって待っててくれるだろう。車の多いバス通りは避けて、ゆっくり歩いていこう。

 しかし、途中で足を止めた。

「おお」

 空き地である。一面に、コスモスが咲き誇っていた。縁のない花ではない。確か、イルマの誕生花であるとか何とか。東郷がそう言っていた。

 そうか、よく考えたら私の誕生日、もうすぐだな。祝う習慣もなかったしまったく気にも留めていなかった。いやそんなことはどうでもいいか。

 花代が浮くぜ、うはうは。

 これ幸いと、大きくて形のいいのを一本持ち帰ることにする。白、ピンク、濃いピンク。イルマはくっきりした色の花のほうが好きである。しかしここはあえての品のいいチョイスだ。薄いピンクのやつを一本摘んで帰った。

「ただいまー。……あれっ」

「あらっ」

 ユングが、花瓶に花を活けていた。こっちはちゃんと花屋で買ってきたものらしい。そういえばこいつにはバイクがあったな。紫と白、暗い赤と黄色。ちょっとうるさい取り合わせだが、花瓶のせいか妙に落ち着いて見える。

「君もか」

「はい。……あー、どうしましょう。それも綺麗ですね」

 イルマは少し迷い、結局花のごちゃごちゃと活けられた花瓶にコスモスを突っ込んだ。まあ花には違いあるまい。

「ざ、雑だなあ」

 あっけにとられているユングに向いてニヤリと笑う。

「これ、タダだったんだよっ。空き地に自生しててさ、外来生物だね!」

「左様ですか。僕はちゃんと買ってきましたよ」

「花屋さんで?選んでもらったのかい」

「いえ、完全に僕の好みですけど」花屋さんに行った意味はあったのだろうか。パンダの財布からぺらりとレシートを取り出して眺める。「えと、紫と白のやつがシュウメイギク、暗い赤がワレモコウ。黄色いのは菊ですね」

「ふーん」

 イルマにはシュウメイギクと菊の違いがわからなかった。なーにわからなくっても問題ないさっ。ユングのほうでは何やらスマホを取り出した。検索する構えである。

「ぶっ」

 な、何か笑ってるんだけど。不気味だ。ユングはしばらく笑い転げた後、急に真顔になった。

「ど、どうしたんだい」

「いやね、先生の持ってきたそれの花言葉調べたんですよ。聞きます?」

「いちおう」

 引きつったような変な顔になって、どこか厳かに彼は言った。

「乙女の真心、ですって」

「ぶっ」

 今度はイルマが噴き出す番だった。しばし二人で笑い転げる。全く似合っていない。しかも、これで誕生花なのである。笑うしかない。

 二人はそのあともしばらく「乙女の真心」という文字列を見ては笑い、笑いが落ち着くとまた同じ五文字を眺めて笑う無為な時間を過ごした。ツボだったのだ。

 しかし、この無為な時間は突然終わった。いつぞやのように人が入ってきたからである。多分客なので、イルマはささっとそっちに向き直った。

「いらっしゃーい」今日のお客はこんな事務所にはあまり縁のないゆるふわな女性だった。実験台にはもってこいである。「ユングー、コーヒー淹れてきて」

 背後でパタパタとキッチンへ向かう気配がした。返事はどうした。後で絞ってやる。

「あの、別にそういうのは」

「要らないならそれでいいんだ。あいつが消費するから。さ、どうぞかけてかけて」

 今はそんなことよりお仕事だ。こういう女の人ってここへ来るのは珍しいな。ここはリピーターになってもらうといいかもしれない。いつも以上に誠心誠意対応するぞ。

「それで、依頼と予算はどんなかな」

「いや、えっと、あのう」

 なんか違うらしい。やたらと言い淀むな。大人のくせに。まあ落ち着いてよ、と鷹揚に様子を見る。ユングがコーヒーを淹れてきて引っ込んだ。

 たぶんキッチンの側からこっちを眺めているのだろう。依頼人が女性だから気を使ったのだろうかと思う。ヤツにはマリアさんの時の前例がある。

「何でもとはいかないけど、料金次第でそこそこやるよ?」

「そ、その」

 おお、もじもじしてらっしゃる。アラサーなのに若いしぐさである。もう少し悪しざまに言うと子供っぽいおばちゃんである。

 切り出しにくい話題でもあるのかなー。例えば風俗で働いてるんだけど次の客どうしても生理的に受け付けないから代わってくれないとか。

(……それはちょっと気が進まないかな)

 百戦錬磨の風俗のお姉さんが「どうしても生理的に受け付けない」ってどんな客だよ。それ以前に14歳なので犯罪だ。

 目の前のおねいさんはまだもじもじしている。やっぱり切り出しにくそうである。

 風俗替え玉事件が現実味を帯びてきたか?いやしかし、替え『玉』か。どちらかというと『替えまん』が言葉として正しいのでは?

 ああそうか、逆か。イルマが客のおっさんと交代なのか。だとしたら……レズかあ。この展開は予想外だけど興味なくはない。最悪捕まるのはイルマじゃないからまあまあありなんでないの。ん?そうするとおじさんはどうするのかなあ。私はレズよりホモが見たいなー。

 とか何とか考えていた時だった。

「あの、彼と別れてほしいんです」

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