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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
雪片舞う
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ちゃおず!

 別に天下一を決める武道の祭典のくじを操作したりはしないですよ。本編です。

「なになに、まだ豆見つからないのかね」

「そうなんですよねー。おいしいんだけど、あれとは違うっていうか」

 あれ。ししょーがドクターストップで放置されていたあやしい粉か。イルマは眉をひそめた。

「年単位で放置されて粉がふは……発酵していたからこそのお味じゃないかな?」

「そんなことありませんよう。発酵してたらあんな味じゃありません」

 コルヌタは温暖湿潤気候で一歩間違うとカビと食中毒の宝庫なのに腐らなかったのか?あの茶筒的なものってそんなに密閉性が高いのか?

 疑問はあるが、超感覚持ちがそう言うならそうなんだろう。イルマにはコーヒーの味なんかわからないから何にも言えない。いや、ひとつ言えることがあった。

「貧乏性のししょーのことだからスーパーの一番安い粉とか買ってたんじゃないの?」

 メガネの向こうの目が点になる。

「はっ?す、スーパー?」

「ししょーはそういう人だよ」

 ユングは困った大型犬のような顔でイルマと試飲させてくれたお姉さんを見比べた。全種類制覇しておいて何も買わないのは気が咎めるのだ。

 結局、豆はパスして茶色い角砂糖を買ってくる。コルヌタで一般に見るものより小さめだ。

「苦いのがいいの」

「調整したいんです……」

 なんだか元気がなさそうだ。ひょっとして別に買う必要のないものを買ってしまったのだろうか。その可能性は高い。お茶請けならぬコーヒー受けみたいなお菓子でも買えばよかったのに砂糖である。砂糖なんかキッチンに三温糖が置いてあるじゃないか。

 いや、もちろんイルマはコーヒーなんか飲まないのでキッチンの三温糖は使ってほしくはないのだが。そうすると必要な買い物だ。よかったじゃないか。何を沈んでいるんだ。

 角砂糖の入ったレジ袋を胸元で捧げ持ち、ユングはほうっとため息をついた。

「スーパーにもあるんですね……コーヒーの粉」

「そこかい」確かにスーパーに行くときほとんどそっちの方面に寄ってないけど、知らなかったのか。「帰りにスーパーに寄ろうね。何か久々に、餃子食べたいし」

 確かミンチはあったと思うが、皮とニラと白菜がない。病み魔法使い師弟は白菜派である。白菜をラップで包んでチンして少し絞ってザクザク切って餡に入れるのだ。噛めば噛むほど白菜の旨みがじゅわっと溢れる。キャベツとは違う味わいだ。

「おっ。期待してますよ」

「もうっ、君もやるんだよ」

 家にはたどり着いていないが、まず帝都に帰ってきたことになる。この時談笑しながら歩く二人を見ているものがいた。

 まあ、それはともかく。

 イルマは皮とニラと白菜を手に入れ、ユングは一番安いコーヒーの粉を手に入れた。飲んでみたらこれで間違いないとのことである。味覚が近いらしい。しかし、ししょーといいユングといい、安上がりな王家だ。

 新品の看板に『夕食中』と早速書いて、二人は夕飯の支度にとりかかった。イルマは野菜を刻み、ユングは米を研いで炊飯器をセットした。もとよりコイツにそれ以外は期待してない。

 テーブルには新聞紙を敷き、中央にはどでんとホットプレートが鎮座ましましている。今使わないタコ焼き器はソファの空いてるところに席をとっている。

 コルヌタの多くの家庭は鉄板とタコ焼き器をセットで持っている。多くの店がセットで売っているからだ。また、ここがそうであるように大抵は鉄板のほうが先に寿命を迎える。どういうわけだか中心が凹むのだ。

 餡をスプーンですくっては皮の真ん中に置いて、ちくちくとひだを作って綴じる。綴じたら、油の塗ってある鉄板に並べる。

 思ったより餡が少なそうなので冷凍むきエビを解凍したものを一緒に包んでごまかす。ポン酢もあるよ。醤油とみりんと酢が1:1:1で混ぜてある手作りだ。時々かぼすかすだちも混ぜる。

 プレートに置くところがなくなったらスイッチオン。

「うふ!焼け!焼き尽くすのだ!」

「ちょっとユング、灰になるのは困るよ。晩御飯なくなるじゃないか」

「確かに。ええと……ほどほどに焼き尽くせ?」

 ほどほどってなんだろうな。衝動買いされた花瓶は事務所のカウンターに置かれている。キンザ器という、オリハルコン製の花瓶である。原産地の名前だ。

 オリハルコンといえば節操のない虹色の輝きでインテリアとしては品がないくらいだが、こいつは違う。渋く焼いてあって虹色は決して下品ではない。

 形も悪くない。ぼってりとふとましい基部からすいっと鶴の首のように上へ伸びて、首に対して垂直に潔く切ってある。余計な装飾はない。ちょっとでかいけど邪魔ではない。

 イルマには物の良しあしなどちっともわからない。ユングは目利きの才能があるんだかないんだかよくわからない。しかし私もこいつは割と好きだなと思った。

「問題は活ける花だよね」

 見事な花瓶はすっからかんで放置されているのだった。ここに活けられるような花はない。朝顔は活けるには向かないし、チューリップはそろそろ球根を植えるのだが、咲くのは来年の春だ。

 もったいないけど、どっかで買ってくるかな。

 例によって焼きあがった餃子を誰よりも早くユングがかっさらい口に入れた。誰よりもって二人しかいないがそこはご愛敬だ。ところが、病み魔法使い直伝の餃子は汁気が多い。最初に攫った餃子一号の思わぬ反撃にメガネは口の中を火傷しかけて涙目になった。

 愚か者め。横目で見やりながら悠々と餃子を口に運ぶ。んーエビおいしい。すごくおいしい。

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