夕暮れがやってくる
イルマはまた回想した!一回休み!です。一応途中から本編に入りますよ。文字数の都合でね。
それじゃあまたスケールを縮めましょう。
「も、もう全部喋ったぜ」
男が瞳に涙を浮かべて上目遣いでこっちを見ている。特に目立った傷はない。手足があらぬ方向へねじくれているとか、血みどろだとかそういうことはない。ただ縛っているだけだ。だが男は恐怖に満ちてこちらを見つめている。ひょっとしたら後ろのあれのせいかもしれない。
高架下、菜の花のように一面の死体が広がっている。わかりきったことだが、下手人は病み魔法使い、師である。
「だから……だから勘弁してくれよ。なあ。見逃してくれ」
どうしようか。イルマはそっと振り向いた。こっちには師が柱に寄り掛かるようにして立っている。彼は億劫そうに柱を離れ、イルマの隣に来た。
「どう思う」
どうって?ああ、本当に全部喋ったかどうかか。喋ったんじゃないの、と答えた。嘘をついている素振りもなかったし彼が知っていることはもう全部話したのだろう。それで、もう後は命乞いくらいしか話すことがないのだ。
少女の答えに淡白にうなずいて、魔導師は縛った男のほうを見た。全部喋ったようと男が泣く。コンクリートの臭いの風が傷んだ髪をさらさらとかき分けた。もう一度、藤色の瞳がイルマを映す。
「そうらしいな」
笑みを作って、少女の手に何かを握らせた。金属。オートマチックの拳銃だ。イルマは胸の前で持ち上げ、そっと右手で構えた。割と扱いは慣れている。目の前の男を一瞥して尋ねた。
「殺すの?」
「うん。喋ったんなら要らんだろう」
弱ったネズミを仔に見せる母猫のような顔で師は言った。なるほど、こいつは的なのだ。本来ならこの銃は目の前のチンピラに持たせて抵抗させるところだったのだろうが、存外心を折りすぎたようなので射撃の的にするほうを選んだのだ。
「それには3発弾が入っている。それを使い切る前に殺せ。今夜は餃子にしよう。最初の一発で死んだら焼肉を食うぞ」
「わあ」
焼肉だって。わかった外さない。早速構えようとしたイルマに「ちょっと待て」と声がかかった。
「ただし、使っていいのは左手だけだ。あともう少し離れろ。いつ死んだか、どのくらいの傷になったかわかるように弾と弾の間は一分くらい開けるように。くれぐれも跳弾に気をつけてな」
「えー」難しいよ。ししょーったら私をトゥーハンドか何かにする気か?でも焼肉のためだもんね。「わかったよ」
結局焼肉は逃した。でも手作りの餃子がおいしいので、これはこれでありかなと思った。すすきの綺麗な季節だった。
翌日、イルマはそろそろ辞めたい由を表明した。代わりが見つかるまでプラス三日ほど働いたのち朝早く屋敷を後にした。予想通りの色よい報酬に舌鼓だ。
途中の駅のすぐ近くの百貨店に寄ろう。十五夜は仕事で見逃してしまったことだし、たまにはいいじゃないか、こういうのも。
「何買うんですか」
「看板。シャレオツなサ店みたいに営業中とか何とか書けるようにするんだ」
「近所のホームセンターでよくないですか?」
「どうせならナウなイケイケのやつがいいよね」
モガやモボでいっぱいの場所に行くときに限って死語を使いたくなる。反骨精神だろうか。あまり忘れちゃいけないね。
少し悩んで、灰色の板の嵌まったものを一つ買った。ちゃんと自立するようだし、黒板のように書いたり消したりできる。スレートという石だ。この石自体は頑張ったら自分でとってこれないこともない気もするがいいとしよう。ついでにチョークも買う。
ユングは花瓶を一つ衝動買いして、今はコーヒーを見に行ったようである。舶来の品が多く売られている食料品店だ。そっちを見に行ってみる。
やはり、店頭のコーヒーを片っ端から試飲しては納得いかない様子で首をかしげるポニテ男の姿があった。