それ以前に
本編です。若干の補足説明となっております。
(本当に魔族へ変異していたらよかったのに、か)
神聖大陸の皆さんや日本人にはわからない言葉だが、コルヌタ人としてはわからなくもない。魔界と人間界のはざまにあって古くからどっちつかずに生きてきた彼らは人間性というものにそこまで強くこだわらない。
なぜなら、大昔から魔族と魔物を違うものとして認識しているからである。魔族はたまに殺し合いもするが意思は疎通できるし、技術や思想も伝えてくれる商売相手だ。魔物は畑を荒らし人を害する天敵であると同時に大事な食料となる生き物たち。
一方でここで人間といえば壁を作って自分たちを締め出したり、草むらで出会った野生動物か何かのように人々をさらって奴隷にしたりでそこまでいいことをしていない。
これが神聖大陸だと『魔物』と『魔族』は伝統的には同じ名詞で扱われ、最近になって『知性的でない魔物』『知性のある魔物』みたいな区別が行われ始めたところだ。
彼ら(主にボルキイだが)に言わせれば魔物というものは人間や動物とは全く異種の存在であり天敵、不自然な存在。知性があろうがなかろうが人類の敵には違いなく、いつか十分力を持ったら絶滅させるべき生物群だ、とのこと。
フィリフェルは大国ボルキイと古くからの盟友コルヌタの間で日和見をしている。
チュニとフェルナはどうだったかな、どっちがどっちだったかイマイチよく覚えていないのだが、どっちかがコルヌタにヘイトなおかつボルキイのポチしてるから大体同じ思考回路で、もう片方がどこに対しても瀬戸際外交やってる変な国だから考えるだけ無駄と。
ダナはそもそも国家として思想が樹立してあるのかどうかが怪しい。信じられるか、あの国は国連から来た使者の耳と鼻を削いでうんこ塗れにして送り返したんだぞ。それも20年前にだ。未だにコルヌタ人以外の国連の使者をまともに受け入れていない。
他の貿易大陸の国となると元植民地か発展途上国なのでここにあげた三国とあまり変わらない。
コルヌタ人にとって魔族と魔物は人間と動物くらい違う。魔族と人間、魔物と動物は大体同じものである。というか、先進技術のほとんどは魔族がもたらしたものなので、魔族を人間より若干上に見ているところがある。
親をたどって行けばどこかの親は絶対に魔族に違いない。コルヌタ人は主にそのように考えている。最近だと神聖大陸と接触が多く向こうの価値観に近づいている人もあるが、ブラムは昔の人だからそっちじゃないだろう。
(そりゃまあ、誇りだったよな)
ブラムだけでなく、吸血鬼全体の。ちょっとばかし人を超えて魔族に近くなったのだという自負があっただろう。貴族だった人が多いのもそうだ。元人間の魔族という、人間側の立場を理解しつつ魔族の知恵と決断力を振るえる者になるのだ、と考えた。
コルヌタ以外だと魔族は脅威だが、その力を手に入れるということの意味はあまり変わらなかったのではないか。それは覇を競うならかなりのアドバンテージになるだろう。
我欲がなくったって自国で民草を思いやり仁を尽くすことを考えたら要りそうなものだ。日光を二度と浴びられないとか、小さくないリスクは山ほどあるがそれを補って余りあるリターンだったのだろう。
それが「実はただの病気の人間でした」ということになるとは、誇りがそのまま覆るとそういうことである。誇った分しんどい。
「……きっついな」
誇りが覆るのを自分たちでやってしまったのだ。部外者ならまだ怒りのぶつけようもあるが身内が良かれと思ってやった結果というのが痛い。吸血鬼たちというくくりだけでなくブラムさん自身も、果たしてしっかり立ち直れるのだろうか。
もちろん、先にニンニクショックから立ち直ってもらわねばあの世行きだが、きっと大丈夫だと思った。ただの病気の人間という事実からは彼らは立ち直るだろう。
一番若い江戸川さんと乱歩さんで70年生きているんだ。ブラムさんに至っては四世紀だ。悲しみもそこから立ち直る方法も、イルマたち若造どもが思い及ばないくらいたくさん知っているはずだ。きっと立ち直れる。
「でも……これいけるのかな……」そっとマントを持ち上げて状態を確認した。「白目剥いてるし」