不死に至る病
本編というか単純に前の続きです。
「言葉通りだよ。吾輩、人間なの」
「ふざけるな!人間が何世紀にもわたって生きるか!日の光を浴びて灰になるか!他人の血をすすって生きるか!貴様らは魔物だ!」
かつて狂犬と呼ばれた吸血鬼ハンターの反論は至極もっともなものだった。しかしそれをかつてヴォジャノーイの旗を掲げた吸血領主は鼻で笑う。
「そうだよねー……かく言う吾輩もまだあまり信じたくはなくってさ。もう論文はできてるんだけど、大きく一般公開するかどうかは同じ吸血鬼の――吸血病のみんなと話してから決めようと思ってる。くれぐれも他言無用で頼むよ」
銀髪をくしゃくしゃと搔きながら、どこからともなく液晶タブレットを取り出した。身構えるセバスチャンに突き出す。灰色だ。何か、丸い小さなものが映っている。生物か何かの本で見たことのある画像である。
「見えるかな?これね、電子顕微鏡で血液を撮ってあるの。補彩したほうが見やすいと思うけど、こっちに入ってる画像これだけでさ。クラウドにつなげばもうちょっとあるんだけど、最近サーバーが重くって」
ひとしきりバーチャルに文句を垂れてから、本題に入る。
「この、真ん中の凹んだ円盤状のものが赤血球ね。全身に酸素を運ぶやつ。生きてた頃のお前にもあったよ」
「それが……?」
「ううんこれは今あまり関係ない。見てほしいのはこっち」
脱力するセバスチャンをよそにブラムは画像を拡大する。マイペースな人だ。赤血球の表面に、白い糸くずのようなものが見える。
「これこれ。この糸みたいなやつ。一匹一匹魔物で、血球に寄生して増えるんだ」
「ごく小さな寄生虫みたいなものか」
「そんな感じ」
ゆっくり説明が進められる。死霊術の召喚には現代の知識が上書きされるなんて聖杯システムはないからだ。あったら楽なのだが、いまだに成功していない。
大昔の英雄はとっくに転生しているからというのが一番の理由なのだろうがあまり深くも研究されてこなかった。セバスチャンのように地獄に落ちていればまあまあ昔の人も喚べるが、それでも実用化にはまだ問題がある。
大体、大昔のペスト医を喚び出して小児科の診察をやらせたりエレキテルの人を喚んでエアコンの修理をさせたりはしないだろう。実用化したとして意味はあるのか?
それに現代現代と言いはするが、現代社会の知識とは一体どこからどこまでなのか?
死者がスマートフォンやタブレットを使いこなす意味はないはずである。というか、機械なのだから教えれば覚える。店頭に並んでいるライトノベルの題名と内容を一致させる必要はないはずである。興味があれば自分で読む。
コルヌタの与党名と現党首、さらに国会議員の名前をつらつら並べる必要もないはずである。いや選挙権のあるコルヌタ人でも全部言えるのはほんの一握りだろう。
では現代の知識とは一体何なのだろうか。
術者の知識をインポートするのでは何かと偏りそうだ。貴腐人が術者だったら現代という時代は男と男がしっぽりずっぷりなホモ同人誌が蔓延するピンク色の世界になる。百合豚の術者なら逆の現象が起こる。人間の知識には偏りがあるのだ。
国が原子力発電ができるとは言っても、個々人がその仕組みを説明できるか、発電機を組み上げることができるかというのはまた別である。また魔法使いたちにありがちなこととして、魔法を離れるとちんぷんかんぷんだったりすることもある。
閑話休題。
ブラムは微生物ならぬ微魔物の画像を見せながら説明している。
「実は臓器にもいるんだ。つまり吾輩に限らず吸血鬼の全身のどこにでもこの虫がいる」
「うっ……」想像して気持ち悪くなったのか、セバスチャンは顔をしかめた。「つまり、寄生虫による病だと、そういうことなのか?」
「うん。本当に魔族へ変異していたらよかったのに」
タブレットの画面が落ちた。それからまたしばらく経って、タブレットに触りもせずブラムが口を開く。
「よくよく考えたらねー、意外でもなんでもないんだよね。吾輩たち、仲間を増やすのに体液交換だもんね。感染力弱めの血液感染だよ……そんで仲間を増やさなくても気にならない。
「とどめに子供作れないのに性欲はあるしさ。きっと体内のこいつらが勝手に増えて世代交代してるから、感染者は多くなくていいんだろうね」
あははは、と声を立てるが顔が全く笑っていない。一拍遅れくらいで、品の良い笑みを浮かべた。
「しかし……だとしたら、その長い寿命も」
「うん。宿主が死んだら魔物たちも死んじゃうみたい。っていうか、体の外に出たらその時点で百パーセント死滅する。だから宿主をもたせるために寿命を延ばしたり怪力にしたりして、自分たちを守ってもらうんだ」
「血を吸うのは」
「固形物が食べられないから。歯がないだけじゃない。消化器官が人間より弱いんだ。おもゆが限界かな……現代なら代替物が作れるけど、昔だと液体で必要な栄養が取れるのって他人の血とかになるからね。吸血衝動っていうか、狩猟本能はそっちから来てるっぽい」
「太陽が駄目なのは」
もうほとんど悲鳴に近い声色だった。
ペスト医「はいお口開けてー。……扁桃腺が腫れてますね。お薬だしておきますのでしばらく安静にしてください」
エレキテルの人「あーはい、ガス漏れですね。これもう配管が古いんですわ。何年使ってます?え?15年くらい?そらもうあきまへんわ」
微妙ですね。