大きいほうの後始末
だからトイレじゃありませんって。本編です。
二日後のことである。ガヌアのニンニク屋敷近くに一個大隊規模の騎士団が現れた。
槍を手に手に、白い馬に跨る白銀色の甲冑たち。後に続くは白装束を纏った徒歩の音楽隊、先陣を切るは一層豪華な装備をつけハルバードを携えた覆面の騎士である。
昨今では国が解体した騎士団の元団員が強盗団に化けたりして物騒なもので何事かと思われたが、槍の穂先はどうやらゴムだし、よく見れば危険はなさそうだ。
白い鎧も涼しげである。青地に白や金で縫い取りのある大きな旗を振りながら、愛想よく挨拶をして回るその姿に多くの人々が和んだ。
旗印は白い大きな円を背に髭を生やしたカエルが剣に嚙みついている独特な図柄だった。多くの印がそうあるように、この図もかつては見るだけで相手を恐怖させたり安堵させたりしたものだった。
だが、使われなくなって長いためにもはや誰もそれを知らなかった。時代劇で見るようなこともない、僻地の旗だったのだ。
騎士のパレードはニンニク屋敷の前で一時停止した。門が開くと、そのまま入っていく。ああ、あそこの催しだったんだね。金持ちは違うね。人々は口々に言い合った。
「うわあ……!」
ここにも驚くものが一人。あそこ、もといニンニク屋敷のお坊ちゃまだ。最近家で退屈ばかりしていた彼にとって、サプライズほど嬉しいものはない。覗き込んでいた窓を離れ、玄関のほうへ走り出す。
「セバスチャン!どこ?あれ、見に行こうよ!」
彼にしか見えない友人はしかし、姿を現さなかった。
「う、うわあ……先生何を呼び出したんですか」
「やめて。私もここまでのもんを呼び出したつもりはないから退くのやめて」
庭で待っていたイルマとユングにとってもサプライズだった。呼んだのは一人のはずだ。馬を降りてレプリカのハルバードを金属バットか何かのように使って柔軟体操をする覆面を見る。呼んだのはこの人ひとりだ。
「ちょっとブラムさん、これどういうこと」
覆面の騎士こと、ブラム・ストーカーは片手で覆面を上へ跳ね上げた。オイル系の日焼け止めでちょっとテカテカしている。汗で流れないようにというセレクトだろう。
昔は白い布をぐるぐる巻きにして頑張って日差しを遮っていたそうな。速攻で決着をつけないと灰になるやつだね。無茶しやがって。
「違うんだよ。吾輩、ただ大学の馬術部に馬を借りに行ったんだよ。うちの馬術部大きいし、白いのもいっぱいいるから一頭貸してほしかったの」
「で?」
「そしたら、他の部にも伝わったみたいで……。
「武器、甲冑製作は美術部と伝統文化研究サークルが、今馬に乗ってるのはコスプレ同好会と馬術部、演奏が吹奏楽部で旗はうちにあったの全部引っ張り出してきて、関係各庁にもいつの間にか連絡とって、こうなっちゃったの。大丈夫、みんなバイトとかあるしすぐ散るから」
大学の皆さんだったか。確かに、スポーツドリンクで水分を補給しているな。よく見れば甲冑は紙か何かでできている。これがほんとの紙装甲なんつって。そう、ブラムが着ているやつ以外は。
「あっ、これは吾輩の自前だよ?戦争中は庭に穴を掘ってね、ことごとく供出しなかったんだ。あはは」
確か歴史書には「軍艦や大砲を作るのに使います。金属製品を供出してください」というお国の文書に対するブラム公の返答が記録されている。
「いやあすまないすまない、どうやら紛失してしまったらしく手元にない。吾輩の土地は凍土と氷河がほとんどであり攻めてくるようなものも絶えて久しいのである。戦のしかたなどもう忘れて久しい。
「お国のために尽くしたいのだけども、先祖伝来の甲冑もこの前融かして鋤・鍬にして売り飛ばしてしまったし、ああ、どうしたものか」
とか何とか酷い返事を送り返したという。これを見た中央の貴族たちは「吸血公も耄碌したな」と言って笑うか「あの古狸め」と怒り狂ったかどっちかしたはずだ。どちらにせよ、穴を掘って埋めてたのが真相か。
しりたくなかった。
「非国民ってやつだね。確かに完全武装が望ましいとは言ったけど、こんな人数で来るとは思わなかったよ」
「ごめんよー」ハルバードを持ち直した。あれ、今、草が切れなかったか?ひょっとして……。「で、吾輩誰と話せばいいのかな」
お坊ちゃまが現れたのは、丁度その時だった。探す手間が省けたな。イルマはお坊ちゃまに笑いかける。
「この人ね、セバスチャンに話があるんだ。少し力を貸してくれる?」
「うんっ!」
子供の集中力はあまりもたない。素早くラムダ系を探り当て魔力を流し込む。急げ、でも丁寧にやれ。うっかり人間を爆破するな。そーらここだ。
不完全に召喚されている死者に実体を与え、魔法を完成させる。そのまま、魔力は大丈夫だ。そのままこの場へ召喚する。