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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
雪片舞う
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更なる覚醒

 本編です。覚醒イベント二回目ですね。

 時は少しさかのぼる。


「聞こえるかユング!なぶり殺しだよォ!一匹も逃がすなッ!」

 イルマの声は概ね狙い通りの効果を仲間たちに、襲撃者たちにもたらした。襲撃者たちはもう逃げるには進みすぎていたので、団子状に固まった。魔導師の皆さんは使用人や主人家族の保護に全力を割いた。

 そして、ユングにはといえば。

「あ、あぁ……っ!」

 自分の身体を抱きしめ、震える。脳天を焼き、内臓を貫く快感。呼吸は乱れ、思わず膝をつく。闘争の悦びだが、とても戦える状態ではないと自分でも思う。身のうちに膨れ上がる熱は今まで感じたものと段違いだった。

 一部分、思考を妨げられていない分それがよくわかる。びくびくと痙攣する両手は肩を締め上げる別の生き物のようで、だらしなく弛緩した唇からは唾液が垂れる。目の前はちかちかと白く黒く明滅を繰り返し、焦げそうな喉は未だかつて発したことのない音域を奏でていた。

 おかしくなってしまいそう。

「はあっ……あ、あんっ」

 戦え、という指示が、許しがこれほど自分を揺さぶるものだとは!ついぞ知らなかった。これに比べれば女など何にもならない。やめなさい、戻ってこい、そんな制止ばかりだったから飢えていたのか。とすれば、おそらく無自覚だが、焦らしていたイルマは魔性の毒婦になれる。

 そう、イルマの声をきっかけに新たな扉が現れたのだ。先には更なる覚醒が待っている。鍵はこの手に。いいんですか、先生?いいんですよね?一抹の不安が残っている。この先はどうなるのか、ユング自身も知らない。しかし、わかっていることもあった。

(僕は今、この扉を開けたい!)

 しかも、この戦いはイルマが許可している。ではこの欲求も許されているということになりはしないか。

 なぶり殺しだよォ。一匹も逃がすな……まるで耳元でささやかれているように声が、言葉がよみがえる。ああ、やっぱりいいんですね!わかりました、先生!背筋をぞくぞくと何かが這いあがる。悦楽の声をひときわ高く響かせて、彼はその扉を開けた。

 狙った以上の効果だった。

 もちろん、こうしたかったわけでもないが。

「……ユング?」

 やってきたイルマはソレに声をかけるのをためらった。最後の一人を壁へ弾き飛ばしたところだ。服装、髪型、体格。それらは確かにユングのものだ。しかし、ずいぶんと雰囲気が違う。

 このラリった表情も知っている。闘争の悦びだ。レイピアは意外に長い。だが違いはまだある。イルマは眉をひそめた。

「下ろせよ、剣」

「はー……い」

 少女に向けて構えた切っ先がゆっくりと降りた。いやに素直だ。また理性飛んでるしもっと抵抗するかと思ったのに。この殺気、間違いなくイルマに向けられている。

 予想するに、最近ご無沙汰だった分ハッスルして、その割に相手がしょぼくて欲求不満なんだろう。でもメイリンの相手をさせるわけにはいかなかったんだよな。こいつのが相性はいいし勝てると思うけど片腕とか持っていかれる。

(いや、素直でもないか)

 下ろせと言われてそうしてはいるが、鞘には納めていない。まだやる気ってことだ。

 一方糸からは歩く振動が伝わってくる。鎮圧が終わったので、依頼人を守りながら他の魔導師たちがやってくるのだ。

 こっちへ向けた殺気がそのままならここで膠着を保てばよし。もしそっちに殺気が移るようなら死なない程度に痛めつけて……とそこまで考えて気づいた。

 おそらくユングも近づいてくる集団に気づいている。だから戦いたいのは山々だが仕掛けてこないのだ。理由はちょっとわからないが……まあいい。

「何さ。私のことぶっ殺したい?」

「……」

 うつむき、無言でかぶりを振る。じゃあこの殺気は何なんだ。わからん奴だな。

「どうしたいんだね、それがわからないことには私も何にもできないよ。何か言いたまえ」

「……さい」

「何だって?うるさい?顔上げな。もっと大きい声で言わなきゃわかんないぜ」

 ユングは上気した顔を上げた。目の焦点が合っていない。

「命令してください、先生。自分に剣を向けるなと」

 余りに素っ頓狂な返答にぽかんと顎が開く。全然、前後関係がわからない。何言ってんだこいつ?

「え?何で」

「お願いします……命じて」

「わ、わかったよ」何だか切実なのでそうしてやることにする。「私に剣を向けるな。しまえ」

 かちりと音を立ててレイピアが鞘に納められた。と、同時にユングがその場に腰を下ろして大きなため息をつく。あの恍惚とした表情は消えていた。

「何、何だったのさ」

「困ったんですよう。想像以上にキちゃって……先生があんなこと言うからぁ。そんで全員倒したのに戻れないし……大変だったんですよ?気を抜くと先生を襲っちゃいそうで」

 私、何かしたかなあ。イルマにはイマイチわからなかった。そんなことよりもう一つの発言が気になる。

「え、襲うって」

 もしもそういうことならこいつの彼女はゴリラに違いない。それはぜひ見てみたい。ていうか、そっちの才能も期待できる!うほうほ。

「ええ。その首串刺しにするところでした……」

「そっちか」

 ちぇー、ホモォ見たかったなー。鬼畜ドSにいたぶられるガチムチお兄さん悪くないでSHOW。しかも喜ぶんなら合意の上だから倫理屋もヒャッホーで完全和睦だ。

 大雑把に言えば性的意味での襲撃でなかったことに少女が悔しがるというかなりお得なシチュエーションだが、ユングは渋い顔をした。彼女はいるし清楚系がタイプだが、彼女がいるからでもイルマがタイプじゃないからでもない。

(何かものすごく人権を蔑ろにされている様な気がする)

 もう少し切実な理由である。

 イルマの覚醒、ですか……想像できませんね!

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