最後以外の一撃 下
後ろのほうです。メイリン強かったですね。
最後に結界を一つしか展開せずに吹っ飛んだのも計算だ。
刃が決まらなかった時、すぐに距離を取って立て直せるように。痛みなんかやせ我慢すれば何とかなるとか、そういう考え方は好きだ。立てなくても魔法がある。イルマはそれを研究しているのだから何とかするだろう。
ただし、その必要は特になかったようだが。
(敵の後ろを取るための罠を逆に利用されたか)
消えゆく意識の中でメイリンは思った。
何が肺に穴をあけたから、だ。それだけじゃない。間違いなく他の臓器も傷つけている。心臓は意外と無事らしいが、それ以外がもう二度と起き上がってこないように丁寧に。
そういえばイルマは最初から「殺す」と言っていた。途中で出した指示も「殺せ」。動きを封じて、そこで後は拘束するだけだなんて悠長なことを考えているようでは勝てるはずがないのも道理ではある。
しかし、ひとつだけわからない。
イルマはそんな武器は持っていなかった。仕込み刃は反対側。右にも同じものが仕込まれていたとしても刃渡りは四センチがせいぜいだ。あまりに長いと歩きにくくなる。こんなに深く刺さることはありえない。
「……あ」
だいぶ気温が戻ってきて、それが見えた。イルマの両足から伸びる光。剣の魔法だ。確かにこれなら伸ばし、曲げることも可能。肺を貫き、肝臓や腎臓を傷つけたのはこれか。
(足からの、展開?理論上は可能だ……しかし)
「意外?ロボットものだと割とあるけど。魔導師はもっとアニメを見るべきだ、ってカミュさんも言ってたし発想の問題だって、このくらい」
しかし、なぜ見えなかったのか。この魔法は空気と熱を圧縮した刃である。熱が空気中に含まれる微細な粒子を燃焼させ光を発する。そのため、視覚でとらえられる。
一応熱を発さないよう抑えることはできなくはないが、その場合圧縮空気をとどめるのに天文学的な魔力が必要となる。もちろんそんな大量の魔力を練れば魔導師にはわかる。途中で伸ばしたり曲げたりなんて器用なこともできないだろう。
――それも発想の問題なのか?
熱を完全に抑えてしまうのではなく、部分的に抑える。たとえば、通常状態を100としてそのうち40の熱を抑える。60の熱でとどめられるだけの空気を圧縮し刃とする。ギリギリ衣服と肉を切り裂ける程度の刃に。
これならいくらかできそうだが、熱を持つ以上やはり刀身が光ることには変わりないだろう。
いや、あの時は気温が氷点下近くまで下がっていた。燃焼しづらい状態だったのではないか。実際、今は刃が見える。ということは、メイリンは自分で自分の視界を遮っていたことになる。そしてそれはイルマが仕向けたものなのだろう。
(賞賛すべき手腕だ……だけど、いつ?)
イルマが剣の魔法を構築したのは、最初だけだったはずで――もうその先は考えられなかった。
「さてと、ポチくんを見てきますか」
お仕事終わり。つま先の刃をしまい、イルマは歩き出した。ただのトリックだ。メイリンはイルマが魔法を構築するのを見るのは今日が初めてだから、最初の剣の魔法は他にいくつか一緒に展開し、それを魔法を発動する時の感覚として覚えさせた。
イルマの魔法は本当はもっと静かで速い。もともとの素質も少しはあるが、師はもっと静かにやっていたから努力値だ。一緒にやったのは目立たないように威力の低い氷雪系。協奏という技術はだまし討ちのためにあると思う。
そのあとは協奏にしなかったけど、メイリンは戦闘経験が豊富だ。魔法の構築はうるさくなったり遅くなったりはするが、泣こうがわめこうが漫画じゃないんだから静かに早くはならないことをよく知っている。
相手の魔力を注意深く観察するのは最初の一回で十分だと学習していた。今回のはその裏をかいた形になる。もちろん他にも油断を誘う罠は張ったが、要点はこっちだ。
だから最後の一撃は襲い掛かる寸前に作ったもの。長いこと隠し続けるのも割と難しい。
セキショウとかいうチートが身近なせいで忘れがちだけど使用者にも見えない武器は扱いづらいことこの上ないものだ。かといって足から出るやつを目に見える状態で展開すると生き残られたとき非常に困る。
あ、そうそう。氷パンチ、ししょーの素手と比べたら蚊が刺したようなもんだったぞ。
あんなの痛いうちに入らないね。しかも本気のパンチは食らうと腹部に穴が開いたり首が飛んだりするからあれ、手加減したバージョンなんだよね。
そういえば絨毯の値段はおいくらだっけか。幸い、依頼者側に死人はない。現場の皆さんの判断だが、「なぶり殺しだよ」が効いたな。ユング以外の魔導師の皆さんが使用人勢や依頼者家族を完全にガードしている。
(で、ユングは独りでそれ以外を叩いてるのか)
ユングも強いというか、襲撃者がメイリン以外ゴミだが、いかんせん人数が多い。時間を食っている感じだ。まあ着くまでに大体の決着はついていると思うが、後始末も必要である。ここはイルマ大先生の助け舟が必要かな!
「早く終わらせて眠りたいもんだよ」
頑張って気分を乗せようとしたところで、あくびが出た。