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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
招かれざる訪問者
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後悔しかない

 ちゃんと視点は戻ってきますよ。本編です。

 メイリンはまだ、己の勝利を、そして己が命運の尽きないことを無邪気に信じている。


 かつてイルマに魔法を教える際、師はこんなことを聞いてきた。

――お前はどうなりたいんだ?

(もちろん、ししょーみたいな強い魔導師に)

 男はしばらくイルマを見ていたが、不意に首を振った。

――無理だな。俺とお前では遺伝的素質が違う。使える魔法も異なる。そもそも俺がどうやってこうなったか知らん。

――だからどう頑張っても俺と同じようにはならん。諦めろ。

 気遣い100パーセントみたいな言いぶりだが、根性と努力を叩き折るような内容だった。イルマでなければ泣いてたぞ。

 ぷるぷる震えながら目から汗をかく少女に、まあ聞け、と魔導師はソファの背に身を沈めた。

――とはいえ、とりあえず俺を目指してやれば届かんまでもある程度の水準には達する。そのことは間違いない。

 間違いないんだね。聞こうと思ったが、うまく声にならないので隣に腰を下ろして肩に顔を埋める。

――ちっ、ガキが。鬱陶しい。

 文句を垂れつつも男はイルマを本気で追い払おうとはしなかった。まだ元気だったと思うが、たまたまやる気が出なかったのかもしれない。

 師に抱き着いていたら落ち着いてきたので、さっきの言葉を反芻して問いかける。

(じゃあ、とりあえずししょーを目指すんでいいじゃん)

――いいや、それでは不十分だ。ただ強いのでは自分よりちょっと強いヤツが出ただけで死ねる。俺の次くらいに強いヤツが現れたら触れもしないだろうさ。

――お前はそこにもたどり着けやしないんだから。

 お昼を過ぎたくらいの時間でクイズ番組が流れていた。ともすればそちらに意識を持っていかれそうなイルマの頭を軽く撫でて注意を引き戻す。冷たい力のない指。

――だからお前は強くなるな。ただ、俺を殺せるようになれ。そうなれば……お前が倒せない奴はもう人間界にいなくなる。

「ふーっ、しばれるしばれる」

 あれから概算で一分三十秒ってところか。少し肩を震わせて寒気を追い払う。体感では氷点下だが、この人の魔力からしておそらく8℃くらいがせいぜいだな。

 糸は結界がある以上あまり動かさないほうがいい。せっかくここにいながらにして屋敷内の動向をすべてとは言わないまでも把握できているのを捨てるべきでない。

 こいつ、自分でも知らないで糸を封じやがったな。知っててやってたらまだよかったのに。おかげで新たに糸を出すのも下策だ。「うんのよさ」カンストかよ。

 イルマは至近距離でメイリンの隙を狙いながら自分を守っていた。突破口はもう見つけている。ただし、これはメイリン自身が一番よくわかっているところであって、そう簡単にはつかせてもらえまい。

 突破したとしても、まだ、まだいくらでも戦い方はある。そういう組み方をしている。本当に実直な魔導師だ。

 一方イルマの側はカツカツだ。頼みの綱の死んでるお友達はここでは喚びづらい。オニビを出したら屋敷が火事になる。フロストは伏せておきたい手札。相性も良くない。

 セキショウは魔法が使えないから、心技体揃った乙種魔導師が相手だとかなり分が悪い。フロイトは……駄目だ。女に弱い。定さんは戦闘力はスカウターで覗いたら鼻で笑える。ジャッキーさんはそもそもチンピラ。アルバートさんが強いのは幼女相手だけ。

 死体は今、周囲にない。虫の死骸は操れない。これが高床式な和風建築の一階だったら床下にタヌキとかイタチとか死んでてくれるんだけどなあ!ここではあったとしても距離がありすぎる。ここへそいつを持ってくる前にイルマが死体になるだろう。

 魔じるしのお友達も大概である。だってそれぞれ予定とかあるし、というのは冗談として、ダメだ。

 オフィーリアなど大物連中はオニビと同じ理由でボツ。喚ぶとしてレジェンドオブヒマジンさまようよろいが許容範囲か。あの人長物専門だからこういう狭いところだとただの置物なんだよな。

 双子吸血鬼江戸川乱歩はまだ室内戦が得意そうだけどまだ70歳。一番の武器の経験値が不十分だ。しかも今日は契約にない曜日。よしんば生き残ったとして後で何を集られるかわからない。特に、また芝生植えたらしいから。

 つまり正真正銘、一人で戦わなくてはならないのである。

 もちろん、同じ氷雪系の魔法を使うか、熱線系の魔法以外を使えばいくらか活路はある。しかし、イルマはここではそうできない。

 今回の仕事はメイリンをフルボッコすることではなく、依頼人家族を守ることだ。

 明言はされていないがもちろん家を壊したり土地を更地にしたりしてはいけない。していいのであればこの際、魔導収束砲でもなんでも撃ってやる。この距離なら避けるとか防ぐとかの問題じゃないからな。しかしそれをやったら警備という言葉の意味について問い直すことになるだろう。

 氷雪系はおそらく、威力が異常に跳ね上がる。さらに時間を追うごとに強まる。対応できなくはないだろうがうっかりやらかしたときの被害が甚大だ。

 この点をメイリンは常にこのスタイルで戦って慣れることでクリアしている。でなくとも、彼女の目的こそ社長さんの暗殺なのだから、家の一つや二つ更地と化してもかまわないではないか。

 ほかの魔法を使うのも避けたい。メイリンの冷気、つまり魔力がこの空間に満ちる大気を支配している今、風系は鬼門だ。多分防がれるし、カウンター必至である。

 雷系は気温が下がった分うまくやれば超電導とか起こせると思うけどやっぱりおうちがさらち。毒系はうっかりで床とか壁とか溶けるやつ。地面なんかもっとダメに決まっている。確かこの土地はこの間液状化現象でえらいことになった近所だ。

 そうなると頼れるのは手元で軽く取りまわせる剣の魔法、熱線系となる。威力の落ちるやつ。威力が落ちれば防ぎやすいし仮に食らってもだいたい即死は避けられる。

 これはたまたまじゃあない。戦略だよね。メイリンは自分の置かれた状況を最大限に活用している。策もあるというわけである。

(大技を狙うな、ラッキーパンチに持っていけ……だったかな)

 のんびりと、今年一年上半期プラスアルファを振り返ってみる。ああ、ここまで追い詰められるのは久しぶりだ。悪霊の時がマシに見えるなあ。

 笑みを浮かべ刃の付いた爪先で首を狙う。氷の刃がそれを滑らせる。敵は強い、自分は弱い。打つ手はないし明日はどっちかわからないがそれが何だ。私はまだ生きている。つまりは……あれしかないか。

(やれやれだよ)

 本来なら戦いたくない相手だった、安心安全のイメージ作りのため今年くらいは殺人ゼロで暮れたかったのに。

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