vsイルマ
もはやサブタイトルのネタが尽き何を言ってるのかわからない言葉になりつつありますね。今回はちょっと視点が違うんです。
ネーミングセンスの貧弱さを呪いながら、本編です。
身を起こすと同時に、イルマの両手から光る粒子で構成された剣のようなものが飛び出した。
圧縮した空気と熱の刀身。銃の魔法と同じ原理で格闘戦向け、剣の魔法である。触れれば切れるし当てれば焼ける。ありていに言うとビームサーベルだ。
「この一瞬で……しかし!」
懐へ飛び込んだイルマをメイリンは紙一重で躱した。懐に軽く撫でるような感覚。本当にぎりぎりだ。魔法の展開が異常に速く静かなので驚いたが、やはり魔族には劣る。魔族とも戦ってきたメイリンからすれば決して対応できないものではない。
警備側の魔導師が入れないよう廊下の途中にバリアを張る。円盤状の壁をあっちとこっちに。さらに相手が振り向く前に冷気を発する魔法を放ちまた氷の刃を作って追撃と迎撃を始める。
このような密閉した空間では冷却の魔法は効きが早い。特に、それを極めるべく精進してきた彼女の場合は。30秒もしないうちに5℃も下がる。
今夜は熱帯夜で冷房のかかっていない廊下は28℃もあるが、バリアを張ってこの範囲にくくったから一分もすれば18℃、暖かめの地域の真冬並みに気温が下がるのだ。
気温の急激な変化は人体に少なからず影響を及ぼすし、そうでなくとも寒さは人の動きを阻む。もちろんメイリンにもその影響は及ぶ。しかし、共倒れしない自信が彼女にはあった。
一つは体格。
立体はその体積が大きいほど、体積分の表面積が狭くなる。熱は表面から逃げる。つまり、体積に対して表面積が小さいほど物体から熱が逃げづらくなる。クジラが大きいのはこのためだという。
これは恒温動物である人間でも同じことだ。そして、イルマよりメイリンのほうが体格が大きい。低体温で倒れるにしてもイルマが先だ。
二つは慣れ。
メイリンは氷雪系の魔法が得意だ。これはただ他の魔法より使い慣れている、使いこなしているという意味ではない。それはただの好みだ。彼女は氷雪系を扱うことにおいて同年代、いやフィリフェルを除いたほぼ全世界の乙種魔導師のうちで己に勝るものはないと自負している。
この魔法は気温が低いほど扱いやすく威力も高い。逆に言えば気温が高い時には大して使えないのだ。ならば気温を下げればよいではないか。これまでも彼女は気温を下げながら戦ってきた。
つまり、この状況こそホームグラウンドである。しかも気温が低ければさっきの剣の魔法のような熱線系の魔法は威力が落ちる。それ以外の魔法はここで使うには難があるだろう。イルマの側は。ちょっとやそっとではペースを崩されない。
三つは戦闘経験。
今回の襲撃に際しイルマについても調べた。悪霊を倒したらしいが本人より論文のほうが有名だ。研究メインの魔導師は、強力ではあるが戦術的思考に欠ける傾向にある。
戦闘経験がないから、戦い方が下手なのだ。魔法頼みだったり、近づくと大したこともなかったり。その意味で武器を使いキャットファイトを仕掛けてきたイルマは少々異端ともとれるが、戦闘経験でメイリンに勝ることは決してない。
寒いのが嫌ならさっさと決着をつけてしまえばいいのである。つかなかったとしても先に動けなくなるのはイルマのほうだ。
――なのに。
「くっ!?惜しいな、今のが剣の魔法なら私の肌に届いたのに!」
右足の仕込み刃がそれなりに防刃性のある上着の袖を切り裂いた。いい切れ味だ。そもそも剣の魔法は使用者のイメージに大きく依存するから、放出・握るイメージのある場所からしか出せなくて、で、足からは出せないんだったか。
なるほど、実体剣が役立つわけだ。私も取り入れるべきだな。
「強がりだね。寒いのは魔法だけでいいんだよ」
笑みを浮かべ、イルマは寒気にさらされながら、メイリンの動きに付いてきている。いやそれどころか、見切りつつあるのか。まさか。それに、もし見切りつつあるとしても大したことではない。
(ありふれた体術だからな……そんなこともあるだろう)
人間である以上、寒さはそうそう防げるものではない。軽口を叩いてはいるが、すぐに動けなくなるだろう。すぐに決着が付けられないなら、冷気の回るのを待つだけ。
その見通しが甘いことを、彼女はまだ知らない。