探りあい
本編です。どうしても反りが合わない人っていますよね。そういう話です。
「何してんの?こんなとこで。暇なの?」
ここまでの会話で感じた引っ掛かりを形にすべく、新たな言葉をかける。
「いや、ここへは正義を成すために来た」
おえ。正義だってよ。かーっぺっぺっ。きもっ。
煽ったほうがいいとはいえ、こいつと喋るのはなかなか苦痛だと思った。馬が合わないどころの話ではない。会話が成り立つのかどうか、それすらもグレーゾーンである。
「誇り高き病み魔法使いの弟子よ。貴殿こそ、なにゆえ私の前に立ちはだかるのか」
綻びを見つけた。一般的に魔導師にとって二つ名は名誉と誇りの煮凝りである。信頼と感謝の結晶に他ならないからだ。ゆえに親しくなくて正式な二つ名のある相手に本名のほかのあだ名で呼びかけるのは失礼にあたる。
例を挙げてみよう。ラスプーチンのことだって、ラスプーチンと呼んだり親しみを込めてラッさんと呼んだり不死身のラスプーチンと呼んだりはするけど、初対面で公僕の赤い蹴鞠とは呼ばない。
それを、メイリンは初対面にもかかわらず病み魔法使いの弟子をやたらと連呼してくる。パッと思いつかないけど何か因縁のありそうな相手だ。そうなるとますます研究されていそうでしんどい。対してこちらは情報不足。
因縁を探るべきだ。まさか、前に学会で見かけた時に声をかけなかったからなんて馬鹿げた理由ではあるまい。となれば、それはメイリン自身の人格にかかわること。当然戦い方にもかかわるだろう。
「ひょっとして知らないのかい?」少し気分を害した風の表情を作る。「私にも二つ名があるんだ。今は塔の魔女、だよ」
さあ、ここからさらに煽るか、それとも。
「申し訳ない。貴殿を貶める意図はない。病み魔法使いの、実存の弟子であるということが今の私にとって大事だったためについそう呼んでしまった。気分を害したのであれば謝罪する」
普通に喋った。この子、他人への信頼がカンストしている。本当に大丈夫か?
まあ、それはともかく、かかっている部分が違った。つまり、『「誇り高き」病み魔法使いの「弟子」』ではなく、『「誇り高き病み魔法使い」の弟子』ということだったのだろう。
ここまで来てもイルマは師の威光に振り回される運命にあるようだ。
「へえ、ししょーの?」
そこまではいいけどあの人に誇りなんかあったっけか?
「そうだ。彼はたった一人で他国の侵略からこの国を守り抜いた。まさに英雄ではないか。にもかかわらず捨て置かれ……」
第三次世界戦か。あの時はまずチュニが奪われた領土を取り返すとか何とか言ってサイバハラにあった街をいきなり攻撃したんだっけ。
避難勧告はちゃんと出ていた。ただし、コルヌタ人にわかるはずのないチュニ語で。武装してないったって、便衣兵というものが世の中にはありましてね、疑わしい老若男女が虐殺された。
そしてキレたコルヌタ世論がチュニへ宣戦布告を叩き付けたら貿易摩擦でもめてた神聖大陸の皆さんともともと仲の悪いフェルナから一度に宣戦布告が返ってきたんだっけ?
わかりやすい外交の失敗と衆愚の暴走だ。
「やってることとしては原爆ばら撒いたのと大して変わらないしA級戦犯でモーガスプリズン送りにならなかったのが奇跡だけどね」
「……貴殿は自分の師を何だと思っているんだ?あの人がいなければこの国はまた奴隷の産地に逆戻りだったぞ?」
それはその通りだが、事態を収拾したやつはもっとわかりやすい人生の失敗と衆愚の恐怖だ。イルマはそう思ったが何も答えなかった。とりあえず喋ってもらおう。
「私は魔導師とは、あのようにあるべきものだと考えている。富も名誉も求めない、ただ誰かのためになすべきことをなす、尊い職業であると」
ナショナリズムをこじらせた誰かのためにぶち殺すべきでないものを殺しまくったときは本人の意思じゃなかったし名誉はともかく富は求めていたけど、やっぱり何も言うまい。わざわざ教えてやることではない。
メイリンもここまで実存語りに来たなんてことはありえない。
「そのような誇り高い方を師と仰いだ貴殿が、なぜここにいる?」
「仕事だよ。他に何があるのさ」
メイリンは信じられないとでもいうように眉をひそめた。
「正気の沙汰ではないな」
「私のほうこそ、魔導師のくせに勉強が苦手なメイコちゃんが何しに来たのか聞きたいね」
「メイリンだ。魔導師は技術ばかり磨いていればいいというものではない。正義を外れたところに魔導の神髄はない……あの社長はダナの人々から労働を搾取している。私には貴殿があんな男の下についていることのほうがわからない!」
わかりやすく煽ってあげるとちゃんと反応するんだ。だんだんとメイリンの扱いがわかってきた。直情的だな。生理前か?あと搾取とは言えないし、私は社長さんの下についてるつもりもないぞ。
「……まあいいや」ただ声が大きくなるだけの魔法を使う。こういう時は携帯が欲しいな。「聞こえるかユング!なぶり殺しだよォ!一匹も逃がすなッ!」
この指示なら闘争の悦びの中でもちゃんと理解して動いてくれるはずだ。伝達を終えて、何が起きているのかわかっていない脳ミソお花畑へ向き直る。私の相手はこっち。
「さーて、乙種魔導師『大白蓮』のメイリンさんだったね。こっちも始めようか」
「覚えていたのか?」
「うん、思い出にね。あなたは結構強そうだからさぁ……」
左の靴のつま先から4センチほどの刃を飛び出させ、絨毯の上でコンコンと打ち鳴らし固定する。喧嘩する相手を選ぶからまず使わない仕込み武器だ。
「実体剣か。珍しいな」
「まあ、どうしても魔法がメインになるからね。だけど、時々は役に立つんだよ?」
そして深々と頭を下げる。
「ごめんなさい。私、あなたを殺さずに倒せる自信ないから」
ちなみに、チュニ・フェルナとコルヌタは使っている言語が形態・系統ともに異なります。陸続きとは言ってもその間には壁がありましたので、近現代に入るまでほとんどまともに国交をしておらず文化の面でも大きく隔たりがあります。
ぱっと聞いても、まずお互いに何を言っているのか全く分からないです。その辺の話もそのうちやりたいですね。またフィリフェルの時みたいに一話消費しそうですけども。