大白蓮
強敵らしい強敵が出て来ました。本編です。
「先生!」
イルマは仮眠室の扉を閉めたところだった。後姿に語り掛ける。
「多分10人です!それと別に……見えないやつがいます!」
見えないとの報告に、彼女は何も言わなかった。ただ銃を向けて振り向いた。余りのことに竦んで動けない。
三度、銃声が響いた。
「ちっ……やっぱ、こんなもんじゃ通らないか」
口ではそう言いつつも煙の上がる銃を下ろさない。フリーズするユングの腕を掴んで引き寄せた。まだ外さないその視線の先にはバラクラバの、おそらく女。銃弾は宙に浮いて止まっている。
盾の魔法だ。
「あのね、君ね。対策されてるよ」
相手はニンニク屋敷の臭いに見事に溶け込んでいた。毎日がニンニクだったはずだ。さらに、氷雪系の魔法だろうか。
体を芯から冷やすことはできないというか自殺行為なので冷気を纏う程度だが、残暑はヤツに味方した。そこまで温度を下げる必要がなかった。熱視覚をごまかすこともこの短時間であれば充分だ。
やっぱりな、とイルマは思う。
悪霊を倒せてしまったのがあだになった。無駄に名が売れたのだ。本来人間になぞ興味を示さないドラゴンのキリカもポチくんという間違った二つ名でユングを知っていたくらいだから人間界はもっと知られているだろう。
核弾頭を師と仰ぐ小娘に対して人間離れした超感覚持ちの半人。普通に考えれば普通にわかる。まず警戒すべきは半人のほうだと。
そうすると相対的にイルマが知られていないだろうことは不幸中の幸いか?そんなこともない。
あやとりは警戒したくらいで避けられるものでも思考を放棄して突っ込めばどうにかなるものでもない。他のも、すべて知ったところで対処できるものではない。
今知られて困るのはむしろ、ユングについての情報。
「す、すみません!」
「謝罪は後だ。そんなことより、君、10人って言ったろ。あれはこれを入れての話かね」
「はい、つまり残りは9人です」
ざっと魔力を探る。残りはせいぜい魔術師。糸から伝わる動きを見るに襲撃とか暗殺に深く縁のある人物はいない。
「じゃあそいつらは任せた。行け」
走り出すユングを隠すように立ちはだかり、もう一二発撃ちこむ。だが無用の牽制だったかもしれない。
彼女はユングを追うことをせず、イルマの目の前で目出し帽を取って一礼した。18歳くらい、短く切りそろえた銀髪にアイスブルーの瞳。知らない顔ではない。
「我が名はメイリン」凛とした声で名乗りを上げた。「乙種、大白蓮といえば少しはご存知か。病み魔法使いの弟子、イルマどの」
「あそう。ありがと、名前が思い出せなかったんだよねミンメイちゃん」
「メイリンだ」
あからさまに名前を間違えてやったが、苛立った様子もない。うっわコイツ煽り耐性高いな。面倒くさっ。
しかし、頭がおかしい種族は騎士崩れの盗賊だけではなかったようである。残念だ。さらに悲しいのはその大バカ者が同じ乙種の魔導師だったことだ。
もちろん、イルマはメイリンの名前を思い出せなかったわけでも覚えていなかったわけでもない。容姿は魔導学会で一度だけ見かけたきり話しかけもしなかったが、目立つものだ。
また大白蓮という名前もよく聞くものだ。氷雪系の魔法を高精度で使いこなす若き魔導師。学会にも現れず学術方面への貢献は極めて少ないが、魔物の討伐や犯罪者の検挙で巨大な成果を上げている。つまりイルマともユングとも違う、戦闘に特化した能力の持ち主なのだ。
ゆえに実戦経験はイルマたちよりはるかに上だ。ユングを逃がしたのは正解である。
カタギのお仕事やってたらそんな山ほど強敵に出会うことはないし、喧嘩の相手は選ぶものです。