キリカ
本編です。単純に前回の続きとなっております。
前回、筆がのるとか何とか書いたんですけども、よく考えたら話を書くのに動かしているのはキーボードと指だったりして。比喩だとしても職業で書いてるわけじゃなし、表現としては何が適切なんでしょうね。
はあ、亡命か。常にもめているお隣さんは論外として、どこへ逃れよう。
ボルキイは治安が悪いから行きたくない。国連で一緒にいるけど昔からあまり仲もよくない。第二次世界大戦と第三次世界戦が決定打だった。
ダナは行ったら歓迎されるだろうけど喋れないしマラリアが怖いし蛮族の国だ。気候が違う国と地域はつらいなあ。
魔導師だからフィリフェル?なくはないが、言語も問題ないが、難民が入ってきてから迷走している。何よりあの国実力主義が行き過ぎてるから今までのようにゆるくお仕事できないなあ。
フィリフェル魔導立国、仲が良いわりに言及が少なかった。後ほどゆっくり説明するのでちょっと待っていてほしい。
「そうですね」息子を食肉にされた女は怒りを見せなかった。
「愚かな人間は非常に短く空虚な命を少しでも長らえるため日々餌をはじめとしたもろもろの確保に足りない脳を総動員していると聞きます。あの子の体は重要な資源となったことでしょう。生死を全く考慮しなかったことも頷けます」
頷けるのか。信じられない気持ちでその顔を見る。慈悲に満ちている。人間の感情としてししょーに教わったのとだいぶ違う。
もちろん相手はドラゴンだが、知能があって社会生活を営む以上こうまで逸脱しないはずではないのか。嫌な汗を噴き出させてパーソナリティが揺らぐ。
「先生?」
「……っ!」
我に返った。心配そうにのぞき込むユングに言葉も返せない。というか、口をきくという選択肢がすでにイルマの中には浮かばなくなっていた。
対するユングの中に浮かんだのは、やっぱりか、という一言だった。はい先生落ち着いて。そっと肩に手を置く。即座に虚ろな目の少女の両手が跳ねあがり仕込んだ糸を引いて首を圧迫する。
下手したら首が落ちるな。しかし、常に糸をどこかに仕込んでいるのか。邪魔じゃないのか?
「あの、魔族の家族関係とか人間の尺度で考えちゃダメです。戦死することは最大の名誉です。死後は魔神様のもとへ還るだけなので死は別れを意味しません。
「死体は、というか動けなくなったら死んだも同じでどう扱われてもかまわないただのモノになります。ドラゴンの場合、自分よりかなり劣る人類に殺されたか食われた場合、多少悔しさや恥ずかしさは感じますが悲しみや憎しみはありません。下手人への称賛が勝ちます。
「ですので、人間の感情として知っているものには当てはまらないんです」
イルマはひとつ瞬きをして糸を回収した。
「なんだ、そっか。じゃあ続けて」
思ったよりあっさり戻ってきた。ひょっとしたら放っておいたら勝手に自分の中で納得して帰ってきたかもしれない。徒労感を覚えながら話を進める。
「確認なんですが、あなたは先生が息子さんを殺したんだと思って探しに来たんですよね?」
「その通りです。人間の進化、見るに値するものでしょう。ついでに息子を試食してきました。龍族、あまりおいしくありませんね」
「だよねえ。うちは白子のお澄ましにしてみたけど、なんていうか大味でさ。ホルモン焼肉はおいしかったけど、足が速いからね。もうそっちは食べ終えちゃった。おばさん、もうちょっと早く来たらよかったのに」
「全くですね。やはり魔神様はわれらを作るときに手を抜かれたのでしょうか」
わあい先生ったら完全に回復しちゃった!徒労感メガトン級!ユングは頭を抱えた。
「今日はありがとうございました。お暇します……お仕事中に申し訳ありませんでした」
「ううん、気にしないで。私も万全状態のドラゴンと話せるなんて貴重な体験ができてよかったよ」
そうですか、と微笑んで彼女は歩き出す。ころん、と下駄を鳴らして振り向いた。
「魔女様!私の名はキリカと申します。あなたは愚昧で度し難い劣等種です、見返りなど求めません。上位種の余裕として、召喚にはいつでも答えましょう!」
ドラゴン改めキリカは爽やかな笑顔で言った。
「ええっ!?いいの!?」
相手の名前は召喚術には必須のものである。だがドラゴンが自ら名前を明かすなんて、さらに召喚の契約をノーリターンで取り付けてくるなんて聞いたこともない。
大体、ドラゴンを召喚する人間の術師自体いたことがない。
呼んでないのに来たり勝手に割り込んで来たり食ったり食われたりはしているけど。
「はいっ。でも魔法陣は教えません。せいぜい、足掻くといいです!」
訳、あなたが私を喚ぶ陣を作り出すのです。どうか頑張ってください――意味を把握したイルマは大きく手を振って叫んだ。
「ありがとう!首を洗って待っててよっ!」
ユングの魔族癖が移ったかもしれない。その彼は今、イルマの隣でしなびた茄子みたいな顔色になって「あのドラゴンが召喚獣なんてありえない」とか何とかブツブツ言っているが、そう思った。