被虐欲求
毎日暑いですね。ピークの日中、外にいると帽子を被らないと毛根から焼けこげるような気がします。でもそんなときは……暑いねって言わないで、夏だねって言いたいです。心なしか爽やかでしょう、ありんこそう思います。
なお、本編です。
「あっれっれえ~」ユングは無駄に元気だ。ウザい。「先生ったらまだわからないんですかぁ~ウケる~」
「うるせえソリッド顔芸。二次元にするぞ」
今考えたいのはこのおばちゃんの語った内容だ。どうしてもわからない。ユングにはわかっているらしいこともますますわからない。何でじゃ。もう諦めて素直に聞くか?嫌だなあ。でもなあ。横目でそっとユングを見やる。目を伏せて儚げに微笑んでいた。
「……今日は、お仕置きないんですね」
もう嫌だコイツ。イルマは頭を抱えた。何でこんなものを雇ったんだね私。
相変わらずおばちゃんの謎も解けない。くそっ、かくなる上は。こいつのもくろみ通りってのが果てしなく不愉快だけども仕方あるまい。一歩下がった。杖をそっと持ち上げた。斜めに傾け、渾身の力で前に突き出す。
ユングの尻に、刺す。
「あっはァ!?」聞きたくもない嬌声に目を閉じた。おばちゃんの今の顔なんか見たくなかった。
「せ、先生駄目ですよお尻はやっ……!だめぇっ、おじいちゃんが大事にしなさいって言ってたのにい!らめっ、動かさないでっ、今ダメっ」
うるせえなあ。イルマでもこんなことに杖を使いたくなかった。初日の朝からまさかとは思っていたが、やはり恥辱系に目覚めたらしい。頭痛い。さっさと吐けよ屑。
「はい、では解説しますね」三分後、妙にスッキリした表情で説明が始まった。「まず、おばさんは一つ勘違いをしています。先生も勘違いをしています」
「うん、だよね」
「な、何ですって!?私の勘違い!?」
対するイルマの目は死んでいた。変な噂が広まったらどうしてくれる。失業だー。むしろ何でおばさんは通常運転なのだろう。理解に苦しむ。
「おばさんの勘違いは後にします。先生の勘違いのほうが根本的ですからね。先生、おばさんの息子さんってどんな感じだと思います?」
「あーうん、男の人なんじゃないかな」
この回答にユングはにんまりと笑った。
「不正解です。おばさんの息子さんはどちらでもありません。なんてったってオスのドラゴンですので」
「えー、何だってー」
つまり今まで話していた内容は実はイルマの殺人の話ではなくて倒した魔物の話だったのか。
しかしドラゴンなど倒した覚えがない。ギリギリ身に覚えがあるのはドラゴンゾンビだ。あれって殺したことになるのか?もう死んでたけど。死体を処理したにならないのか?とりあえず、紛らわしい言い方するなよオバハン。
面白くないなあ。ユングはそう思った。きっと顔芸と絶叫が得意なイルマだからすごいリアクションをしてくれると思ったのに。
例えば「んな、何だってー!?」とか驚いてほしいのに。「わかるかそんなもん!はっきり言わんかい!」とか暴れてほしいのに。「は?何言ってんの?脳ミソ忘れて来たの?死ぬの?」とかゴミを見るような目で蔑んでほしいのに。
「ふざけんなよぶっ飛ばすぞ糞袋ォ!さっさと言えやオラァ!」とか理不尽に暴力をふるってほしいのに。とにかく、イルマならやってくれると思ったのに全然だめだ。何かが抜け落ちたような無表情、レイプ目でぼそっと呟いてそれで終わりだ。
もっと罵ったり罵ったりしてほしかった。
「……よって、おばさんもドラゴンです」
「えー、マジかー」
「むしろ気づいていなかったのですか!?」
ドラゴンおばさん、通常運転だな。イルマはその毛深い心臓に憧れた。でもこの状況に耐えられるような恥知らずはもはや何か違う。私はまだ人間でいたい。
「抑えてはいてもこの全身から漂う闘気!上位種ゆえの高貴なる圧迫感!本物の!伝説の!龍族のオーラですよ!?」
「いや無理だし。私魔族じゃないし。ていうかドラゴンのオーラとか……私、凝とか使えないからわかんないし……。伝説なんか出会う機会がなさ過ぎて感じててもわかるわけないじゃん」
「ああっ確かに!」
「そうですね。先生あくまで人間ですから、上位種とかわからない子なんですう。勘弁してあげてください」
ユングの補足を聞いておばさんは深く深く頭を下げた。
「塔の魔女どの!どうか私を許してください!下等な人間に無理を強いてしまいました!本当に申し訳ありません!」
なんか納得したらしい。うん、いーよいーよ。誰にだって間違いはあるさー。私は下等生物だよー。ふうよかったよかった。ゆんぐー、つづきー。