噛み合わない
残念ながらというか予想通りというか、連絡がきた。
「あのう、塔の魔女とその助手に会いたいと言ってます」
しかし、内容は予想を大きく裏切るものだった。保留ボタンを押す。イルマとユングは顔を見合わせ、お互いに責任を求める。醜い争いである。
「君の彼女って和服趣味なのかい」
「いえいえ。先生こそ僕が来る前に何をしでかしたんですか」
「別に。普通にお仕事してたよ」
お互いに心当たりはなかった。ひょっとすると仕事の依頼の可能性もあるのだが、それはどちらも言い出さない。何となく、そんなはずがないと思っている。それだけは確信がある。
いや、ユングは違うか。彼はむしろ、仕事の依頼でないほうを期待している。
「……オーケー、すぐに行くよ。待っててって言っといて。場所は……警備上外のほうがいいね」
「わかりました。庭でお待ちしております」
イルマは大急ぎで別のコンビに頭を下げに行き、念入りに歯を磨いて庭へ向かった。あのコンビには警備室に代わりに入っていてもらうのだ。
来客にいったん帰ってもらって後で聞くという手もあるはずだが、この時どうしてもそれは思いつかなかった。何となく、この場合はこの感覚が大事なのだが、何となくそれは不可能だという確信があった。待てと言って、待つ相手ではないと。
そして予感は的中する。
「……ごめんお姉さんもう一回最初から説明して」
イルマには相手が何を言っているのかわからなかった。
ただわかったことは三つだ。ひとつ、息子が戦死したこと。ふたつ、それがコルヌタ国内で今年のこと。みっつ、どうやら下手人が『塔の魔女』とその助手のポチくんらしいこと。
一つ一つの項目はそう理解に苦しむようなものじゃない。しかし、全部つなげるとまったく意味が通じない。それどころか、二つつなげるだけでもおかしい。
息子の戦死。まだわかる。世界はいまだにゼロサムゲームを続けているからな。まだこの世界にテロ撲滅系の武装組織は生まれていない。人間と融合したがる異星人も来ていない。
しかし、ここへ下手人が『塔の魔女』だということをつなげるとしたらどうだ?
一番近い国際紛争で10年は前のことだ。しかもコルヌタは参戦していない。イルマはまだ母親の教育方針に従い引きこもりっ子である。
もちろんここまで発展しなかった内乱のような小競り合いはいくつもあった。だがその場合「○○に殺された」「紛争で死んだ」というべきで、戦死というべきではない。
一応説明しておくと、この戦争、国連軍と核を保有していると目された独裁国家の戦いと教科書には記されている。実のところ、教科書に出てくる『国連軍』はほとんどボルキイの軍隊である。
そもそもこの戦争は某独裁国家の核保有がボルキイの安全保障によろしくないんで始まった。
攻撃された、実は核なんか持ってなかった独裁国家も神聖大陸。遠い海の向こうだ。コルヌタはボルキイと仲が悪いので出兵せず、金銭的に角が立たなそうなギリギリの援助をするだけにとどめた。
よって他国にいるポチくんを連れた別の『塔の魔女』の犯行とみるべきである。
だからコルヌタ国内で今年戦死することも不可能だ。イルマは傭兵じゃあるまいし外国で戦争したこともない。外国でもイルマに殺されることは不可能だ。
コルヌタ国内で今年イルマに殺された人ならどうだろう。
――今年はまだいない。
まるで頭に入ってこない和服の女性の話をもう一度聞きながら考えた。考えたが、やっぱり無理がある。
盗賊とか避難勧告に従わなかった町の人とか、死にそうな人は結構な数スルーした。ほとんど致命傷を与えて放置したこともあった。
が、それは生きるためにどうしようもないことであって、よってそのどうしようもないことをよく知っていた皆さんはおおかた、イルマのすることも大目に見てくれるじゃろうて。
きっと、そうだ。
ともあれ、もう一周聞いたわけだがやっぱり意味が分からなかった。幼少のみぎりより酷使してきた言語能力が惜しまれつつ引退する時がついに来たのか。悔しいのう。




