彼はまだ正しい修行を知らない
地獄です。強くてニューゲーム、その時あなたは一体どうするのかとか考えてみましょうよ。賢ければ答えが見つかるんだろうけど、知能がありんこと同等なら頭が痛くなりますよ。
ニーチェを作った目的は死人の数のコントロールのためであり、つまりは暗殺だ。従来の鬼に魔法をプラスして人類の進歩に対応するのだ。
鬼に金棒……実は建物を破壊する時くらいしか出してこないけど。ゆえに、くどいようだが、材料として戦闘に長けた人間を使った。長けたというかあの時点での世界最強だ。
その最強は今、竹刀を持った義理の母にフルボッコにされていた。
「えっと……あの、いいんですよね?これで合ってますよね?」
いや合ってないだろう。虐待だ。上官は眉をひそめた。
広めの多目的ホールの真ん中、ニーチェは『きをつけ』の姿勢のまま微動だにせず面胴小手突きその他の暴行を受けている。時々踏ん張りが足りずにぶっ倒れては元の位置に戻って背筋を伸ばす。ちなみに防具なんか装備していない。
もうボッコボコだ。唇を切り額は割れ鼻血を流し、時々砕けた歯をポケットのティッシュに出しつつ真面目な顔で打たれ続けている。状況がわからない。
ひとまず、助走までつけて養子を殴りまくるジールから返り血に染まった竹刀を取り上げる。ああどうしようこれ。
「ち、違うんですよ!」叱られる気配を察知したらしい。弁解は一応聞いてやる。「ニーチェが!ニーチェがやれって言うんですよ!ここ!この線から助走をつけて殴れって!」
わざわざ床のビニールテープまで示して児童虐待の解説をしてくれる。
「つまりニーチェがマゾに目覚めたって言いたいのか?いや……本人の趣味ならそれは……俺は何を言ってるんだ……?」
だんだん頭が混乱してきた。
「ああ、まったく何を言ってるんだあなたたちは」
歯が欠けたためか若干舌足らずなニーチェの声がした。いや、この落ち着いた雰囲気は違うか。血みどろになりつつも仮面をつけている。
「メンちゃんのほうか……ニーチェは?」
「フテて寝たぞ」
申し訳ありませんでした。深々と頭を下げ、説明を求める。
「よければ一体どういうことなのか教えてくださいメメン様」
「うん。あいつは太刀の扱いを覚えたかったらしい。しかも早急に。まあ理由は……わかるな?」わかっておりますとも。10月はもう目と鼻の先ですからね。
「まともに教えてくれそうな上官は忙しそうだし、知らない鬼は何だか怖いし、ジールは馬鹿だから体で覚えることにしたんだ」
そう聞いてみるとわからないでもない、わからないでもないがちょっと待て。
「じゃあメーメン、ニーチェはそんな理由で、太刀が使えるからって馬鹿のジールに殴らせまくったのか?」
「ああ。傷など魔法で治せばいい。文字通り全身に刻まれるだろう?」
「メミミン……」自分が受ける痛みをまるで考慮に入れない言動に一抹の悲しさを感じつつも、上官の内には別の感情が湧き上がった。「お前って……お前らってさ、見た目に反してかなりの脳筋だよな?」
仮面はぷるぷると首を振った。
「ううん、そんなことナイ。きっとじょうかんのかんちがイ。だってぼくまどうしだヨ。ちりょくがいちばんにきまってるデショ」
血みどろの顔面をほとんど動かさず、なぜか裏声である。しかも声に抑揚がない。
「いやっ。俺には確信があるぜ。あちこちおかしいとは思ってたんだ」
「なんのことかナ。べつに、なにもおかしなコト、してないーヨ」
仮面の下の表情はうかがい知れないが、きっと目が泳いでいることだろう。
「首絞めが出たときあいつはいきなり自分の手を砕いた。カメ子、お前もいきなり首を絞めにかかったよな?」
「記憶にないな」
素が出た。思ったより早かった。身に覚えがあるらしい。
「おうおう、そう来るか。じゃあメイちゃん、今のこの状況はどう説明するんだ?いくらジールが馬鹿でも他にも方法はあるだろうに、ニーチェは力任せというか耐久任せなこんな方法を選んだ。しかもメメックも止めてない」
ジールが「ちょっとあなたたちどうして私が馬鹿なのを完全に肯定してるんですか」と割って入ったがしれっと無視された。どちらも自分にとって都合の悪いことは見ないようにする傾向にあるらしい。
「たまたまだ。あと上官殿、いい加減に俺の呼称を統一しろ」
「おっ悪かったなメカ男。じゃあこの先はめの字って呼ぶわ」ただし、お前が脳筋を認めたらな。それは口に出さず話を続ける。「でだ、オーメン。お前は脳筋だろ?そうだろ?」
「いんや違う。精神論頼みの体育会系と一緒にするな」
強情だな。いいぜ、お前がその気なら俺もどこまでも付き合ってやる!方や天地開闢に足すこと誤差範囲ほどの昔に生まれ、世界を見て来た最古の鬼。方や時はまさに近現代、20世紀後半生まれ夭折の天才魔導師。この二者による誰も得をしない争いが勃発した。
「仮面ランナー、あくまで違うっていうのか?なら逆に聞くぜ。お前が体育会系でない証拠は何だ?」
「何を言う。見てくれからして明らかだろう。まだ疑っているのか?」
「はっはっはっ、見てくれなァ。カーン、鏡を見たことあるか?ないよなあ?生前の記憶に引っ張られてるんだろ?」
「何が言いたい」
少し声にとげがあった。安い挑発だが乗ってくれたらしい。魔導師サマも意外と甘いようで。
「いいかよく聞けよ、実存の魔導師。今のお前、健康状態がいいから普通にごついんだよ。ししょー状態みたいなか細さすでにねーから。でかいから。角生えてるから。どう見ても金棒振り回してるヤツだから。どうだ、何とか言ってみろこの仮免鬼」
「もう仮面がなくなってるじゃないか。ネタが切れたんだろう」
「おう切れたともよ。だからこれからは『聞いたことあるやつ』が山ほど出てくるぜ。耐えられるのか?」
仮面が口元をゆがめた。嫌そうである。嫌がってもらわなきゃ困るけどな。馬鹿のジールに限らず俺も知恵熱が出そうだ。
「わかった、認める」沈黙の末に仮面は言った。「俺達には確かに力押しで何とかしようとする癖がある。大体それで何とかなるからな。しかしあえて言おう。脳筋とは違う」
「ふーん」
力押しで何とかしようとする癖があるならそれはもう脳筋なんじゃないか。思いつつも、言わない。
「何だその顔は」
「いんや?お前こそ肉団子フェイスだぜ。俺の顔なんか聞く前に冷やすとかあると思うぜ」