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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
招かれざる訪問者
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トリビアの日

 本編で新章開始です。もちろん、ちゃんと主人公出てきますよ!心配しないでね!

 朝から重苦しい曇天を背に、屋敷は異様な雰囲気に包まれていた。周辺に家が少なかったり庭が広かったりはしたが、雰囲気はそれらのせいではない。主にニンニクがその原因である。

 はっきり言おう。臭かった。

「いつだったかの教授が来てたら発狂ものですね」

 インターホンを押す。意外に大きな音だった。すっぽんのように首をすくめる。すっぽん鍋っておいしいのかなあ。電車の座席で揺られるばかりでよく眠れなかったから頭が回らない。

「ひょっとしてブラムさんのことかい?発狂はしないさ。ゲロを吐いて一時撤退した後、防護服にガスマスク装着して帰ってきて、ガチギレしながら消臭剤の雨を降らせるだけだろ、せいぜい」

「それ発狂してますよねえ」

 げっそり肩を落とした助手?そんなの見えないねー。

 しかし、と思う。金持ちに屋敷に使用人にと聞いていたから瀟洒な洋館を勝手に想像していたが、そんなこともなかったな。でっかい箱みたいな形の、密閉性の高そうな建物である。

 臭いがこもってそうだなニンニク臭いだろうなとかそんな感想を除くとえらく今時なお屋敷だ。今時のお屋敷ってこんな風なのか。貧乏人には良さがわからない。

「先生、質問なんですけども」

「何さ」

 ユングはイルマの耳に口元を近づけてこそこそと囁いた。

「人間って何でこういう窓のない建物を作るんですか?気が狂いませんか?ここで繁殖するんですか?人類の繁殖って気密性が必要でしたっけ?」魔族だけど金持ちにもわからなかったらしい。「僕、うちに帰りたいです」

「魔界かね?この仕事が終わったらいつでも出て行っていいよ、ばいばい!」

「何でそうなるんですかぁ!?うちって言ったらほらあそこでしょう!?」

 へ?どこ?意地悪でもなんでもなく聞いたが、ユングはむむっと膨れた。やっぱり白大福だ。餅といえばもうすぐ十五夜である。お月見楽しみだなあ。

 コルヌタのお月見は普通だ。

 まず月を見て楽しむ。次にお月見泥棒に扮したキッズがお団子をくれろと言いながら押し寄せてくる。この日だけは他人様の家の団子を盗んでも窃盗罪及び強盗罪に問われない。

 お団子も子供たちの好みに合わせて甘かったり塩気が効いていたりシャービンだったりする。毎年この時期になると腑抜けたように暮らしている独居老人が燃え上がる。一つ一つが至高の芸術といっても過言ではない。

 もちろん宝はタダではない。子らは自らの力で奪い取る。それを地域の優しい大人たちが徹底妨害することで世間の厳しさを教えてやる雅なお祭りだ。

 当たり前だが、毎年一つも取れない子はいる。そういう子には多く奪取した子が分けてあげるのが決まりだ。協力って楽しいね。

 なお、師はどんな悪ガキ集団も千切っては投げ千切っては投げ、ありもしないお団子を守り抜いた。

 なかった理由は大したことじゃない。彼は蒸し器にいっぱい作ったけど、ちょっと目を離したすきにイルマが全部食べてしまったのだ。

 しかしお月見泥棒が警戒ラインを突破してたどり着いた先にお団子がなかったら大人たちのメンツにかかわる。買ってくる?ありえない。お月見団子は食べてくれる子供たちのことを思いながら手作りするものと決まっているのだ。しかしもはや間に合わぬ。

 苦肉の策として、魔導師は攻略不可能の壁として立ちはだかることにしたのである。当然、各国の指導者たちを殺して回った近所のおっちゃんの本気モードを突破できる子なんかいない。死屍累々だった。

 むろん翌年にはお団子問題も解決し、突破されても大丈夫となったが、突破できたのはイルマだけであった。あの時は配って歩いた。そもそもの期待値が高すぎるのだ。

 あれは確かに簡単だったが、現役の特殊部隊さん基準での話だった。

「うちは事務所なの!朝顔ビルヂングですよう!」

「それ私の家だよ!君んちは魔界だろ!」

「でも!人間界でうちって言ったらあそこでしょ!」

「あの」

「ハァ!?君、何私の家を私物化してんだい!そんなことなら今度から賃料もらうよ!」

「いーですよぉ!?月に千カウロくらい払えばうちってことにしてもいーんでしょ!だったら払いますよ!おいくらですかぁ!?」

「君っ……どこでそんなこと覚えて来たんだい!ユングのくせに余計な知恵をつけやがって!」

「あのう」

「余計とは何ですか余計とは!僕だって置かれた環境に適応くらいするんです!僕をこうしたのはあなたですよっ」

「人のせいかい?いい度胸だ、実にいい度胸だね!今年はファシンが優勝したし簀巻きにしてトウドン堀に投げ込んだらァ!」

「やってみなさい!僕はそれでも喜んで見せますよ!」

「クソッ、救いようのない変態が!もげろ!もげ落ちて死ね!」

 トウドン堀とは、あまり説明する必要もない気がするが、ある地域の川の名だ。

 行ったことはないけど非常に汚いという。その地域にはめったに優勝しないスポーツのチームがあって、そこが優勝するとファストフード店の人形看板が投げ込まれる被害が起きるとか起きないとか。

「えっと……」

「だぁっ!さっきからうるさいですねえ!こちとら取組中なんですよッ」

 それを言うなら取り込み中だよ。君はお相撲さんかね?ツッコミかけて気づいた。

「あのう……塔の魔女、さんですよね」

 あっちゃー。

「うん、まさしく。でもその名前恥ずかしいからやめて」

 とりあえず相撲をしているらしい馬鹿助手の顔面に爆裂系の魔法を山のように叩き込んで言った。彼も魔導師なんだからこのくらい適当にいなすだろう。ひとつでも食らったら肩から上が消し飛ぶけどな。

「初めまして、社長さん。私はイルマ。母の名はアンジュ、父はオリバー。よろしくね」

 さて、ここまで読んできて、なぜイルマがほとんど敬語を使わないのか?ということが気になってきた人もあるだろう。もちろん日本語に酷似したコルヌタ語なので言語的な理由ではない。魔導師たち個々人の理由である。

 イルマの場合は大した理由ではないのだが、せっかくなのでここで書いておこうと思う。

――なめられるからだ。

 魔導師というのは恐れられてナンボの職業だ、とまではいかないが、少なくともなめられたら終わりなのは確かだ。

 その点、イルマなんか、女というだけでもなめられがちのところさらに14の小娘なのだ。へりくだったりしたらもう完全になめられる。謙遜だってしないほうがいい。

 なめられて仕事ができなくなるなら礼儀をわきまえない偉そうなクソガキと思われるほうがずっとマシである。なお敬語ができないわけではない。師はちゃんとこれも教えてくれた。使える。

 はず。

 逆にユングが常に敬語なのはそこらへんの事情を考えたことがないからだ。金なんか寝てたら懐に入ってくる。使った分もやがて戻る。働く?何で?でもまあやってみるか。こんな感じなのだ。

 なめられたら困るわけもわからないしなめられたらとりあえず殴ればいいんじゃないかとか思っている。

「何すんですか先生!びっくりしたじゃないですかっ」

「自業自得だよ。ほら依頼主様だ、ご挨拶しな」

「あっはい。……初めまして、『朝顔の君』ことユングと申しますぅ。見ての通り、先生の肉奴隷です」

 今回は実に珍しく口より先に手が出た。館の主人の顔が明らかに引きつったからかもしれない。決めポーズのみぞおちに右ストレート。

「外で言ってんじゃねえダボがァ!……ごめんね、この子かわいそうな子なんだ。仕事はやらせるから心配しないでくれたまえ」

「そ……そうなんですか。よろしくお願いします」

 どうぞこちらへ、そう言って彼は背を向けた。ついていったが、社長さんの後悔と動揺がひしひしと伝わってくる背中だった。本当に申し訳ございませんでした。

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