デジャブ
お待たせしました。前回の次回予告、予告してないと感じましたね。でも一応予告にはなってるんですぜ、あれで。
「ドラゴンナゲットをくださいませ」
「あいよっ」
田畑精肉店に妙齢の美女が現れた。こんなところに似つかわしくない有閑マダム風の、黒から灰で揃えた上品な和服の美人だ。おばちゃんには着物の良しあしはわからないが、安くはなさそうだと思った。一生に一回くらいは着てみたい、そんな感じである。
彼女はドラゴンナゲットを注文して5カウロを紙幣で払い、おばちゃんが調理する下ゆで済みのドラゴン肉をまじまじと見ていた。珍しいことじゃない。
ドラゴンの肉の時点で非常に珍しいし、それがナゲットだったらもっと珍しい。それは過去に食べた人がしゃぶしゃぶを勧めていたからだろう。
――でも、ナゲットにしたほうが今の子好みなんだよね。
「お客さんお待たせー。熱いから気を付けて食べな」
プラスチックのトレーに入ったナゲットには食べやすいようにつまようじが刺してある。ディップ用のトマトケチャップは隅に絞ってある。美女はつまようじをつまみ、恐る恐るナゲットを口に入れた。その目にみるみる涙が溢れだす。
「お客さん?お釣り、1と半カウロだよ」
味のほうはサラマンダーの唐揚げと大差ない。強めの臭みを抜くべく下ゆでしたらもうどう味わっても鶏の唐揚げになった。
感動するような要素はどこにもない。おばちゃんは訝しみつつも釣銭を差し出した。美女はすすり泣きながらそれを拒否する。
「いいえ、お釣りは、いりませんわ」
「いりませんたってェお客さん」
おばちゃんはここ田畑精肉店の店主に嫁いで40年、下町風情もかぐわしい鉄火肌の女であった。お釣りはいりませんと言われてはいそうですかと引きさがるタマではない。
「あのね、それは3,5カウロって決まってんの。定価以上に金もらっちゃこっちの寝覚めが悪いんだ。そんなこと言わないで持ってきな」
美女はボロボロと涙をこぼしている。すすり泣きの合間から切れ切れに言うのはよくは聞き取れなかったが、大体こんなことを言っていたような気がする、とおばちゃんはのちに述懐した。
「定価……定価かえ……くやしい……くやしいのう」
「お客さん?」
美女はぽかっと何かの冗談のように口を開けた。愛煙家のように黄ばみのある歯だった。品のいい人なのに意外だねと何となく見ていたら、その奥から火がぱっと出た。
はて幻覚かと目をこすっていると、火はみるみる大きくなる。ついには口から噴き出した。熱い。おばちゃんはたまらずうぎゃっと叫んで小銭を落とした。
その声に何事かと顔を出した正面の帽子屋のじいちゃんは、飛び立っていく大きな金色のものを見たという。
次は空き缶を拾って生計を立てているおじさんの証言だ。
この日は新マクハ駅5番出口周辺の缶を拾っていたらしい。インターホンの音が三度聞こえた。一回や二回ってのはよくあるけど、三回ってのは珍しいな。家人が邪険なのか、客がせっかちなのか。
どっちにしても巡り合わせの悪いことだ。
あまり気にせず空き缶を探していたら、四回目五回目六回目と聞いた。そこは留守なんでないか?少しうるさいな。気になったおじさんはそっちへ行ってみた。
朝顔の巻き付く古めの小さなビルの前に黒い和服の美女がいた。いや、美女でもなかったのかもしれない。おじさんはたぶん美女だろうと思ったが、あいにく後ろからで、顔は見えなかった。
彼女はしきりにインターホンを押している。
「お嬢さん」おじさんは遠慮がちに話しかけた。「そこの人は、しばらく留守にしてるよ」
「留守なのですか」
美女は振り向きもせず聞き返した。ぞんざいな態度だったので、おじさんは少しいじわるに答えた。
「留守だよ。仕事だってさ。そこに貼り紙してあるだろ」
「どこに行ったのですか」
やはり美女は振り向かなかった。
「さあね。そのうち帰ってくると思うけどなあ」
それだけ言って、おじさんは空き缶拾いに戻った。そこまで教えてやる義理はないと考えたし、それに実際どこへ行ったかよく覚えていなかったのだ。知りたけりゃ役場に行くだろう。
肩に何か触れた。おじさんはとっさに警官だと思った。仕事上、職務質問にはよく会う。ただ空き缶を拾ってるだけですよとか何とか言いながら振り向いた。思ったのと違うのがいた。もう一度正面を向いて、振り向き直した。
やっぱり、ソレはいる。近すぎてよくわからないがでっかい爬虫類だった。肩に触れたのはヤツの鼻先だったのだ。のみならず、ヤツは喋った。
「ええい教えぬか!」
その声はさっきの美女と同じであった。恐怖しながらもおじさんはやっぱり魔導師がどこへ行ったか思い出せなかった。「ひーっ、知らないんですぅ」と叫んで気が遠くなったという。
以上が、ハクトウ町の釣銭炎上及びホームレス卒倒ないし巨大爬虫類出現事件の概要である。
――そして時は少しさかのぼる。
アンラッキードラゴンマム(仮称)あらわる。