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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
守ることとは
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知りたくないけど知っていたい

 はて、食事中にする話なんでしょうか。新作もそのうち投下するのでよかったらどうぞ読んでみてください。

「これといって治療する方法は見つからないけど、出た症状にいちいち対応……つまり対症療法やればそれなりに保つことがわかったみたい」

「保つ、ですか」

 治るでも生かせるでもなく?

「うん。やられた臓器摘出したり、出た熱を下げたりだね。あと精製エリクシール使えば進行がまあまあ遅れるっぽい。別の病気になる可能性が高まるけど」

「別……癌ですか」

 エリクシールとは言わずと知れた魔法薬である。規模にもよるが傷を一瞬で治す効果がある。若返りの妙薬として珍重されていた。過去の話である。

 何と、発癌性の物質がてんこもりに含まれていた。

 六価クロムとかベンゼンとかあの辺だ。地下水がこんなだったら宅地が建てられない。原理不明のふわっとした魔法的な何かがなければただの体に悪いお薬だったのである。

 ではその物質を取り除いてはどうか?といった研究も進められているがあまり意味はないだろう。取り除けば除くほど効き目が落ちるのは例によって謎だが、そして例によって現代科学ならきっと何とかしてくれると信じているが、それ以前の問題がそこにあった。

 一般に知られていたエリクシールの効果は『傷を治すこと』だが、本当は少し違う。

 確かに傷が盛り上がり新たな皮膚ができて傷が跡形もなくなるが治しているわけではない。そもそも、治すなら治癒魔法と同じだが、治癒魔法は若返りの薬にはならないのである。

 本来の効能は『細胞分裂を促進し、わずかな期間で代謝を進める』ことなのだ。

 代謝が早くなれば、血色もよくなるし、皮膚の細胞も素早く入れ替わる。つまり見た目上は若々しくなるのである。傷に塗ればそこの細胞が分裂を促進され通常よりもはるかに早く自己修復するだろう。もちろん弊害がある。

 まず、体力を消費する。治癒魔法と違って自前の生命力で傷を治しているんだから当然といえば当然だが、これがいけない。病気に対する抵抗力が弱まり、感染しやすく発病しやすくなる。エイズほどとは言わないが免疫ががっつり下がるのだ。

 これで死んだやつの伝承がないということは何かあると言われている。強欲な売り手どもが情報統制したか、消費者どもがめちゃくちゃ丈夫だったのか、せっかく傷が治っても翌日死ぬのが当たり前、日々これ戦場のヤヴァい環境だったかしたのだろう、と。

 また、癌という病気は細菌やらウイルスやらいろいろあるが端折ると主に細胞分裂の際に起こる遺伝子のコピーミスが原因である。なのに細胞分裂を促進するような薬って……もうわかるだろう。

 高まる。主にリスクが高まってしまう。にもかかわらず一昔前の外科医は癌になった臓器を切り取ったのち患部を縫合してエリクシールをぶっかけるなんて真似をしていた。患者はリピーターになりそうだから医院としてはぼろ儲けかもしれないが仁術としてそれはどうなんだ。

 また、細胞は無限に分裂しない。回復魔法では謎の原理でどこからともなく細胞が増えるが、エリクシールは分裂を速めるだけである。

 真核生物のDNAの末尾にはテロメアと呼ばれるながーい重複区間があり、一回分裂するごとに縮んでいくのである。ここの配列はヒトではTTAGGGの繰り返しだ。それ以外の予期せぬ伸びたり縮んだりはループ構造で防いでいるらしい。

 ややこしい話はほら、ありんこ文系だからわからないけど、たぶんこれがなくなったらもう細胞分裂できないんじゃないかと思われているらしい。つまり細胞分裂の回数には限度があるのだ。体細胞クローンがオリジナルより長生きできない理由がこれである。

 ゆえに現在使用されていない。あるのは研究機関ばかりである。今だと作り方もあまり知ってる人いないと思う。

 さて魔導師のほうに戻ると、不明な病は細胞分裂を促進することでまあまあ足止めができたということだ。ガンガン作ってやられたら捨ててく方式である。

 彼に使われていた精製版は発癌物質の量が当社比12パーセントのダイエットに成功しているが、体力を奪うことには変わりないので吐き気・眩暈・肌荒れなどの副作用が出る。他にもホルモンバランスに何らかの影響を与えたりもするようだ。

「さすがに骨はダメだったみたいだけどね。ダルマにするわけにもいかないし」こんこんとさっきの骨をつつく。ふとあることに気づいた。「あのさぁ、君、塩コショウくらい掛けて食べたらどうかなあ?」

「え」

 いきなり話が切り替わった。

「味が薄いんだろ?塩とかはお好みで足すんだよ。もうちょっと違うのがよかったらチェジャンもあるし足して足して」

 食欲がないのは別の理由からだが、つまり味のせいではないのだが言い出せない。確かに薄めだとは思ったがむしろおいしい。

 ついでにこんな話のあとでなかったら永遠に食べ続けることすらできると思う。そうこんな話でなかったら。普通に考えれば普通にわかるだろうと言いたいのは山々だがその話を振ったのは自分である。

「何でわざわざキッチンから塩コショウを持ってきているのか少しは考えたらどうだね」

「……はい」なんとなく理不尽を感じる。「そういえば、お昼にカミュさんが来てたのは何だったんですか」

 いや、わからないではないが、聞くべきだろう。

「お仕事だよ。やったねっ、景勝地ガヌアだよ。泊まり込みになるけど予定はトイレのカレンダーに書いてあるよ。あれに合わせて予定を決めたまえ」

「ですよねぇ」

 食後にトイレで仕事の予定を目にした彼は悲しみを知ったが、それはまた別のお話。

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