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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
過ぎ去ったあれやこれ
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雪の坂道 ‐のぼり‐

帰っておいでー、という話です。王道炸裂。

 観光地で束の間の休息を取った後、二人はてくてくと少し離れた集落へ移動した。この時代になっても、山奥に伝統的な暮らしを続ける少数民族はその場所を、生活を変えない。

「まだ歩くんですかあ!?」

 吹雪にかき消されないよう、ユングは叫んだ。マントをぴっちりと体に巻きつけて吹き飛ばされまいと歩を進める。

 マントの下は魔法を使っているから温かいし、顔面にも局所的な結界を展開しているため寒さは問題ではない。が、風が強く足場が悪いため進むのは容易ではない。

「うるさいな!ロープウェイの滑車に巻きこんでミンチにするよ!」

「ロープウェイ!?そんなのあるんですか!?何でまだ乗らないんですか!」

「だから今!乗り場を!目指してんだろがあっ!」

 次の仕事は盗賊退治。

「よかったあ……っておかしくないですか!?僕が盗賊ならっ、外との連絡手段っ、全部断ち切って!助けなんか許しませんけど!」

「ああ、もう!去年軍の規模が縮小したでしょ!」

 規模を縮小と言っても、全体的に小さくなったのではない。

 今の時代何の役にも立たないお飾りと化していた騎士団がなくなって、豪を尽くし趣を凝らした騎士団詰め所が更地になり、国家予算の三割がたを占めていた維持費・人件費・雑費がまとめて浮いたのである。

 なぜ役に立たないかは考えなくてもわかる。馬に乗っても今や戦車のほうが速いのだ。剣術がいくら達者でも陸軍は常に数人で行動し、さらにサブマシンガンなどを装備している。これを倒すのはさすがに無理があるだろう。

 ミスリルだのオリハルコンだの、そういった貴重な金属を使った鎧も出費はかさむし陸軍の防刃ジャケットと比べればナンセンス以外の何物でもない。

 神聖銀だ、最強の金属だと言ったところで実際は多少の魔力耐性のあるちょっと硬い鎧だ。

 騎士道精神も今の世においてどれほどの役に立つというのか。罠あり策あり何でもござれだ。解体された騎士団の構成員は陸海空の軍隊にそれぞればらばらになって所属するか、引退して就活に明け暮れている。

 しかし、武士は食わねど高楊枝とはよく言ったもので面接を実施している民間企業からは苦情が絶えない。

「まさか、騎士崩れの盗賊ですか!?」

 さらに一部は盗賊と化してあちこちで村を荒らしている。軽く社会問題となっており、この間もテレビで首相が謝罪していた。

 仕事が増えて助かるイルマは謝ることじゃないよと思った。どうせあんなもの、なくなるのは時間の問題だったんだし。

「そういうこと!まずは魔導師でも倒して箔をつけたいみたいだね!舐めやがって、箔どころか生爪剥がしてやる!」

 悪態をつきながら山道を歩くこと一時間、ロープウェイの乗り場に来た。無人である。無人駅と言えばかっこいいが、単に人件費を削っただけである。紙幣を投入すれば動く。

 これを使うときの生還率は73パーセント。

「はー、声が嗄れるかと思いましたよー」

「頑張ったね。上の集落ではあまり吹雪かないそうだから、せいぜい安心したまえ」

「先生こそ元騎士相手で僕が助手なことに安心してくださいよ。これでもレイピアが扱えるんですよ」

「馬鹿なこと言うんじゃないよ。騎士の相手とか対物理結界貼って弾幕しとけばできるんだよ……鎧にはさすがにレイピアなんて通らないだろうし」

 やがて集落に到着した。ここの住民は誰に何の権限で強制されたわけでもあるまいに伝統的な古臭いデザインの服を着ている。

 うねるような文様とざくざくっとした織りの生地、単純な貫頭衣とズボンのような衣装。そしてイルマ達も魔導師の制服である古風な長い上着とマントを合わせて杖を携えている。

 しかも相手が騎士と来たのでは、時計の針を数百年にわたって巻き戻した正統ファンタジーのような状況ではないか。

「……ま、報酬は銀行に入る電子マネーなんだけどね。けっこう近代化してんじゃん」

 そんな中イルマは酋長の家でのんびりと装備品をいじくっていた。テレビとかある。今の時間はよくわからない内容の昼ドラ的なサムシングが流れている。

 横目で見ながらいつもの杖の宝玉を眼鏡拭きで磨く。距離によっては血みどろになるだろうが磨いて悪いことはない。距離によっては、その場合は普通に考えればもう一つの杖がいるだろうが。

 その杖は今、鞄の中にひっそりと眠っている。集落にスパイがいるかもしれないことも考えると、今はまだ取り出せない。秘密主義なのだ。

「先生のんきですねえ。僕は意外と動揺してるんですよ……魔族の相手はしたことあるけど、ヒトの相手はその……あまり機会がなかったもので」

 ユングは青ざめて小さくなっていた。ブルー、というやつか。

「ふうん。信仰術師だっけ?だったら祈りでも捧げといたら。私も君も手加減はするとして多分何人かは閻魔様にこんにちはしちゃうんだからさ」

――ししょーは人殺しだからいいけど、私は……。

 殺伐とした表現に少年の眉がハの字になる。

「それじゃ殺人鬼ですよ」

「どう違うんだい。魔導師なんてさ、多かれ少なかれ人殺しだよ?戦意を殺ぐようにはするけど、変に優秀な騎士は殺ぐしかないからね。最悪皆殺しにするくらいのことは想定しておくんだね」

 まさにその通りだね。師の受け売りを唱えた。あのときはただの盗賊だったけど、と形見のヘアクリップをいじくる。膝を抱えているユングの向こう側にのんびり身を横たえる男の方へ視線を向けた。

 気だるげに潤んだ藤色の瞳をちらりと開けて、視線を返してくる。見慣れた顔が少し厳しい。

「わかったよ、ししょー。万全の装備が必要だよね」

 ぱちりと瞬きをすると、もうその姿はどこにもなかった。物思いにふけりながら、あれこれと準備を整えていく。ユングも緩慢ながら準備を始めたようだ。おーがんばれがんばれ。


「……なんですかこれ」

 その頃地獄ではジールが眉を寄せていた。状況が理解できない。

「見てわからないか、鬼だよ」上官はそう言って傍らに立つソレをちょっと前へ押し出した。「ほら、ちゃんと挨拶なさい」

「ゴキげんようおひさしブリ」

「……」

「礼儀の点ではまだ未熟か。仕方ないな、実質生まれたてなんだから。読み書きや会話は普通にできるようだからゆっくり教えよう」

 ジールは考えていた。どうして初対面の鬼にゴキブリとか言われているのだろうと。そしてどうしてこの鬼はどう見ても青年なのに生まれたてとか言われているのだろうと。

 大体、この鬼には、というよりこの顔には見覚えがある。

「あの、」

「どうした?質疑応答は後だぞジール。まずは上官殿のおっしゃる説明を聞きながらメモでも取るがいい」

 額に大きな角のある新鬼は生まれたてとは思えない流暢な発音でそう言った。なんだか眉間が痛い。ちょっと状況を整理しよう。うん、さっきゴキブリ呼ばわりだった。礼儀の点ではまだ未熟とか言われていた。だけど今なんて言った?

――上官殿、だ。

 まちがいない、こいつは礼儀作法も言語も上下の関係性も暗黙の了解も常識も良識も世界の歴史も完璧に理解していてその上でジールをおちょくっている。

「はは、上官殿か。かわいいなあ」気付きもしないで上官は新鬼の頭を撫でた。「じゃあジール、まずはお前が自己紹介しなさい」

 何で?混乱しつつも彼女は上官の指示に従った。

「はじめまして、私はジールです。鬼です。そこの上官の部下です」

 新鬼の目が妖しい光を帯びた。

「部下になった理由は?」

「えっ?え、ええっと」

「就職した理由を聞いているのだが?」

「な、何となくです」

「特技は?」

「と、とくにないです」

「アピールポイントは?」

「……ありません」

 ふう、と面接官はため息をついて上官のほうへ向きなおった。

「使えない部下を持つと苦労するな、上官殿」

「まったくだよ」

――こいつ絶対何もかもわかった上でやってる!

「では、はじめまして。俺はニーチェという。一〇式、特参型の鬼だ」

 よっしゃ、やり返してやる。ジールはそう思った。大人の怖さを知るがいい。

「鬼になった理由は?」

「こうなるより前に俺の意識はない。よって答えることはできないが、あえて言うならそこの上官殿の負担を軽減するためだ。出世して地獄の態勢を引っくり返すのも面白いかもしれん」

 正論な上に野望があった。

「とく、」

「特技は魔法一般だ。おそらく鬼の中に魔法を得意とするものがいないから俺を作ったのだろう。それでなくとも少々特別製であるからして大体のことはできるな」

「あぴ」

「まずは見た目だな。美術館内で座るだけのお仕事を任されれば一日で100万人くらいは動員して見せるぞ。さらに現世についての知識も十分だろう。それからやる気。今すぐにでも亡者に責め苦を与えて来たいものだ。……他に言うことは?」

「……う、ありません」

 新生児に負けた。新生児に負けた。大事なことだから2度言った。しかもドSじゃないか。そもそもヒトマル式って何だ?特参型って?

「こりゃ大きく出たね。大丈夫かい?」

「俺は自分の身の丈に合わないようなことは絶対に言わんよ。心配するな、上官殿」

観光地には昔をしのばせるものがあるのです。そう、それが何であろうとも。

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