秋が始まる
新学期怖すぎる。そんなありんこです。
いろいろなことがあった夏だったが、秋は少し遅かった。昨日カレンダーは9月に変えたが、相変わらず暑いし朝顔も元気だ。
窓の外は今日も今日とて午前中限定の花の宴。寝て起きたくらいでは季節は変わらない。三日たっても変わらなかった。
変わったところといえばユングの夏バテが治ったくらいだろうか。あんなにとろけていたくせに今はちょっとでも暇ができればどこかへ遊びに出ている。一日いないことくらいザラにある。
事務所は相変わらず閑古鳥だから別にいいが、当日朝になって弁当を要求してきたりするのが厄介だ。
「今度からお弁当いる日はそこのカレンダーに書いといてね」
「またそれですか」トイレの中から応じる声がする。タイミングが被ってじゃんけんした結果ユングが勝ったのだ。「先生このカレンダー好きすぎません?」
「大好きだよ。口頭で言われても忘れちゃったり言った言わないでもめるのが目に見えてるからね、見える形で残しておかないと……君こそトイレが長いよ。まだ?」
からからと紙を巻き取る音だけがする。ただいま考え中かな。
「……今日はちょっとおなかの調子が悪いんです。ひょっとしてお急ぎです?もう一つトイレありましたよねえ?あっち行ってください」
「えー。あっちの便座は電気が通ってなくて冷たいんだよー。ていうか、あとでちゃんとシュッシュってしといてね。臭いのやだよ」
「先生だってこないだうんこした後消臭しなかったじゃないですか。クサカッタデス」
「うっ……それは……以後気を付けるよ」
「ご理解いただけたようで何より」
「君もやるんだよ!」
やっぱり便座は冷たかった。トイレから戻って一人新聞の折り込みに目を通していると、やっとカミュが仕事を持ってきた。マテが長い。内容を見るとまた護衛である。どうも縁があるらしい。
報酬はいいが、数日事務所を留守にすることになるから掃除とかいろいろ困ったところがある。とはいえケチな自営業は仕事に文句をつけていられる身分でも時代でもない。受けた。
ただ、最近のユングは休みが多いのでいつでも二人体制というわけにはいかないことを伝える。
「ああ、全然大丈夫だぜ。だって脱落者の補充要員だし。上手くやれば時々こっちに帰ってこられるんじゃねーか?」
最近の護衛はシフト制らしい。
「え、何それ。めっちゃ偉い人か何か?」
「いや別に。ただの金持ち」それを偉い人というんじゃないかね。イルマはちょっと引っ掛かったが突っ込まないことにした。「ところでユングのやつ、最近そんなに休み多いのかよ?」
「うん」
まったく奴はたるんでいる。そして今は下している。主に腹を。軍人でもないから具合が悪いのは貴様がたるんどるせいだなんて言わないが、体調管理に対してそのたるんだ姿勢を改めれば治る気もする。
「多いよ。一日いないときもあるんだ、弁当くれって。どっかに遊びに行ってるから体調不良でもないみたいだ。とりあえずカレンダーに予定書かせて把握はしてるけど、あいつ理由も教えてくれないしさア。どこで油売ってるのやら……何笑ってんのさ」
カミュは笑いながらすまんすまんと頭を下げた。
「それ、彼女できたんじゃねえの?」あまりの驚きに言葉も出なかった。あの顔面白大福に、彼女?「そう彼女。ほほえましく見守ってやれよ」
彼女か。なるほど、そう考えると土日祝に休みが多いことに説明がつく。相手は公務員かサラリーマンか学生なのだろう。工場もそうか。逆に向こうも自営業やフリーターなら平日のほうがいい時だってあるだろうし。
いやーおめでたい。気が向いたら赤飯を炊こう。
「……だとしても目に余るなあ。恋愛のためなら何してもいいのかって話になっちゃうよ。それに」
「それに?」
「あんなのに引っ掛かる女なんかいんのかなあ」
魔族としてはともかく、ダメ人間じゃん。またカミュが面白そうに笑った。
「あいつが引っ掛けてるんじゃなくてあいつが引っ掛かってるんじゃねーの。それにユングは顔もスタイルもそこそこなほうだ。このくらいの年齢なら健全なことだと思うぜ。俺からもそれとなく言っとくからさ、見守ってやれよ、あったかい目で」
「うー、わかったー」
ユングには申し訳ないが『引っ掛けてるんじゃなくて引っ掛かってる』にイルマの脳内議員が軒並み納得した。そういうことなら仕方なかろう。
もうちょっとくらい休みが減って、なおかつお弁当の要不要がはっきりするなら言うことはない。何しろヤツの手取りはタダ同然だが食費はかかるのだ。仕事をしていようがいまいがうちで作る飯代はかかる。 デートなら行った先で何か食べるとかすりゃあいいのに。
「ところで、そのユングは今どこで何してんだ?」
「トイレで腹痛と戦ってるらしいよ。大変だね」カミュはまだ何か言いたそうだったが素早く話を戻した。「脱落者って、どういうことさ」
契約期間終了とかならわかるが、脱落だ。笑ってしまってケツバットされたとかの背景でなければ笑えない話になる。それにまだ大晦日には早い。確認せねば。
「やばかったら受けねーの?」
「いんやたぶん受ける。でもほら、あると思うなー。心の準備ってやつ?」
おっさんの眉毛の後端がずり下がった。
「聞く意味あんのかそれ」




