珈琲党
コーヒーっておいしいんでしょうか?好んで飲む人もいるけどありんこにはわからないです。ありんこが飲めるのはせいぜいコーヒー牛乳くらいです。
「ところで、二週間ってなんの期限ですか?」
「マリアさんの個展だね。彼女フィリフェルで現代画家やってるらしいんだけど、」ユングがものすごい顔になった。うん、悪い冗談に聞こえるよな。
「半立体なんだって。雅号のほうをネットで検索してみたけど、どうやら触って楽しむやつらしいんだ」
絵のように展示されるが丈夫なプラスチックでできたレリーフのようなものであるらしい。こちらでは有名でないから知らなかったが、向こうでは人気が高いようだし、ネットの画像を見る限り面白そうである。
アートはあまりわからないが嫌いではない。護衛ついでに楽しんでくるのも悪くないね。それに美術館の中の売店にはなかなか面白い雑貨類がある。この機に食器とか小物入れとか買い足してもいいかもしれない。
師の生前には美術館や博物館によく連れて行ってもらった。うーん、情操教育?その結果が『売店には面白い雑貨がある』なのではさみしいかもしれない。雅はイルマに必要だ。
窓の外にはぼんやり月が浮かんでいる。なに?嘆けと?おのれのズボラさを?やーだね。
「なるほど。明日から来て個展開いて閉じて帰るんですね」
「そうそう。察しが早くて助かるよ。ほんとにやっちまおうと思ったらフィリフェルに戻ってからでもやれるだろとか言っちゃだめだよ?」
「言いたかったんですね。ところで、コーヒーが飲みたいんですけど」
「自分で注いできな」
「違うんですよう。粉がもうないんです」
粉か。そういえば足していない。たぶん師の生前から放置されている。飲まないからあまり知らないが、少なくとも三年以上放置。しかも閉まってるんだか閉まってないんだかイマイチわからない筒状の容器に。飲用に耐えたのが奇跡ってくらいだ。
形容しがたい茶筒のようなものがお店でつけられる包装なのだろうと予想はつくが、どこで買うんだろう、あれ。
「あやしい粉ならデパートとかその辺で買ってきな。費用は出ないよ」
えー、と抗議の声を上げる。金持ちのくせに、何だい。何か文句あんのかい。
「だって、これ事務所の備品でしょ?」
「でも私は飲まないからなあ。うちは喫茶でもなんでもないし、あれ、君の個人用でいいよ」
「そういうこと言わずに。お客さんにも出したらいかがでしょう」そういえば水道水か麦茶くらいしか出していない。ひょっとして、うち、サービス悪い?「だいぶ良くないです。改善したらもうちょっとくらい来やすい場所になるのでは」
「うー……わかった補填する」
さて、話もひと段落ついたところだし、そろそろいいだろう。みんな!新しい魔物図鑑よ!
大判ガレイとは海棲の魔物の一種である、が正直普通のカレイとあまり変わらない。平べったくて海底で餌をとる肉食魚だ。味だって同じ。
一方メイタ・カラスなど普通のカレイとは混血しない、今時珍しい純血の魔物である。などというと知性がありそうだがそんなことはない。繁殖期が被らないだけである。魔法はもちろん使えない。
見分け方を知らない一般人にとっては表示が違うだけで正直ただのカレイだ。寿命が青天井でどこまでも成長し、電磁波を食って生き延びるくらいのことはやるがその程度だ。
貿易大陸にしか出ないし舟襲わないし危険度も高くない。レモラのほうが危ない。それを言ったらどっちもになるが、魔物でも何でもないイタチザメのほうがはるかに危険だ。
なぜなら、どこまでも成長するといってもそこまで早い成長速度でないのだ。30センチを超す前に九割がた底引き網から食卓へ上がって世を去る。
生き残っても1メートル級に届く前におおかた人間の怪魚ハンターやサメなどの大型肉食魚類たちの餌食となる。どうやら普通のカレイより擬態が苦手らしい。
水圧にも弱く、水深200メートルより下が深海と呼ばれる領域なのだがそこに降りられない。浅い海にいる。3メートルを超すと海底に潜めなくなり泳ぎだしてイルカやシャチの食料となる。生息域が被るためクラーケンも天敵だ。
ザラタンは習性として泳ぐ獲物を捕らえないが、大判ガレイは泳ぐのも苦手らしくザラタンに座礁して死ぬことがある。得意なのは繁殖くらいなのだろうか。
ここを突破し50メートルのプールにあふれるほどに成長してもやはり被食者だ。大海蛇という海のラスボス的魔物がいる。おそらく魔神コールはこいつを食料と位置付けて作ったのだろう。
では大判とはどこから来た名前かというと模様である。カレイはヌマガレイを除き右の側面を上に向けているが、大判ガレイは擬態に関係しない左側に大判小判を思わせる独特の模様があるのだ。
レモラの吸盤に似ているので近い種なのではないかと言われているが、素人には「場所が違うじゃん」としか思えないのだった。