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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
華より食料
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こちらスネーク

 本編です。侵入します。

 ラスプーチンはその時、世界に誇るコルヌタの文化FUROを終えたところだった。寮内の共同浴室には無理を言って実現させたジャグジーがある。そのうちトルマリンでも備え付けようかと思っている。

 もちろん彼が生まれたころにはこんなものはなかった。彼の生まれた国では風呂に入る習慣自体あまりなかった。

 人類の進歩を思うと目頭が熱くなる。あといい国へ来たなあと我ながら思う。湯につかる時間もさることながら、オーガニックコットンの子供用パジャマで過ごすこの湯上りの時間がとても尊い。牛乳おいしい。

 そんな彼の就寝前のくつろぎタイムはしかし台無しになった。

「やあ、らっさん久しぶり!」

「うっわ!?うっわ!」寮内の自室にいきなり自営業の魔導師がいた。イルマだ。「な、なあなななな何!?どうしたのいーちゃんていうかどこから入ったの!許可は!?取ってないねその顔は!」

 そう、寮内、つまり軍の基地内にいつの間にか侵入しているのだ。壮大なドッキリという可能性はさすがにない。明らかにセキュリティを見直さなくてはならない。何人か滅茶苦茶叱られる。

 イルマのほうではどこ吹く風で才蔵さんほどじゃないけどステルスには自信があるんだよねとか嘯いてみせるのだった。どうやら彼女には『雲隠』がない代わり数々のセキュリティを破ってくるぬーばらしい才覚があるようだ。

 間違いなくあの男の遺産だ。

「いやさあ、今日お昼うちの助手くん推薦してくれたじゃん?」

「うん、公務員にね」

 断られたはずだけど。ひょっとして気が変わったのかな?だったら嬉しいなあ。

 そんなラスプーチンはコルヌタの公務員の間で行われる『いい人だけど人を見る目がない残念な上司ランキング』で二世紀以上連続ナンバーワンをマークしている。

 なおこの当たって悲しい選挙は匿名投票だ。部下と上司の間に余計な軋轢を生まないためらしい。

 ただし上位20人はマグショット付きで各役所に貼りだされる。このためだけにコルヌタの公務員たちは一つ出世をするたびに囚人服でネームプレートを持たされ、身長を表す目盛りの前で写真を撮らされるのだ。

 さてこの公正な審査の結果偉業ならぬ異業を成し遂げてしまった彼は、見る目のなさゆえに人事部門での失敗は数知れず。その失敗の筆頭に数えられるのが革命を起こされたことである。

 当時宰相として強大な権力を持っていた彼は、暗殺の手を逃れスラムで生き延びていた某王太子をうっかり公務員の魔導師にしてしまう。挙句、こいつが上司とうまくいっていなかったので不祥事のスケープゴートに使った。結果としてレジスタンスに錦の御旗を与えてしまう。

 この歴史に残る人事の失敗に、どこかの実存が『殿堂入り』にして司会を務めさせてはどうかと上申したほどだ。だって個々人の思う『いい人だけど人を見る目がない残念な上司』だと思う人を上から三人書いて投票するのだ。

 つまりほとんどの人間が一番上に『ラスプーチン』と書いている。そのため上位20人に入っていないがほかに人事がダメな奴がいるんでないのかとのことだ。

 なお至極ごもっともな上申は何代目かの主催の皆さんに突っ返された。今は年功序列の時代ではない、昔とは人事の性質が異なるとのことだ。そして時代はめぐる。きっとまた二百年後に同じようなやり取りが行われるに違いない。

「やっぱ嫌だってさ」

 やはり期待は裏切られた。心が痛い。

「君はおいらに追い打ちをかけに来たのかい?」

 うーん大体そうー、と唸って背筋をそらし、そっぽを向いて風の吹きこむ窓際に寄り掛かる。開けた覚えがないからここから侵入したらしい。

「あとさあ、個人的に疑問があってね、質問に来た」

「な、なにかな」

 スリットの向こう、靴下とショートパンツの間からのぞく太ももについ視線を取られながら、応じる。実存が公務員をやめてから着ていたのと同じデザインの男女共用のはずだが、少女を包むと妙になまめかしい。

 ショートパンツにホットパンツにミニスカート、最近の若い子は目に毒だ。ドレスとは言わない、もんぺかスカンツでいい、せめて脚を全部隠してくれ。

「元型の魔導師。あれ、何の『元型』だい?」

 答えられなかった。顔を背け苦し紛れに捨て台詞を吐く。

「困るね、勘のいい子は」

「いやまあいいんだけどね、誕生しなかったわけだし。でもさすがに、あの人を前座扱いはないと思うんだよね。あいつポンコツだし。それだけ。んじゃ」

 んじゃ?別れの挨拶とも取れる一言に振り向くと、少女は開いた窓からくるりと仰向けに身を投げたところだった。ここは五階だ。慌てて下をのぞき込むが、目に映るのは闇と植え込みばかり。どこかの帰り道に入ったらしい。

 一応軍に連絡して探してもらったが、この日の警備担当がこっぴどく叱られただけに終わった。手袋をしているから指紋はおろか髪の一筋、皮脂の一滴も残っていない。服の繊維だって公務員でも採用しているごく一般的な生地だ。

 このざまでは明日事務所に行ってもしらを切られるに決まっている。諦めるしかない。しかしお役所は面倒くさいので一応イルマの書類をもとに訪問許可証を作り(公文書偽造罪)、警報は誤報だったことにしてごまかした。

 実存はあの子に何を教えたのだろう。軍事基地に忍び込んで気づかれずに去っていく技術なんて、魔導師には必要ないだろうに。

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