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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
華より食料
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事後処理

 題名をオラに分けてくれーっ。本編です。

 イルマは暢気ともいえる動きで、まだ具現化オムレツをつついていた。

「ユーング」

「なーんです」

 つられて間延びした応答をする。

「具現化オムレツ、まずい。消して」

 予想通りといえば予想通りの言葉だった。やっぱり駄目だったか。オムレツを消して肩を落とす。

「……なぜか味はイマイチになるんですよね。成分は同じはずなんですけど」

「役に立つんだかどうなんだかよくわからない魔法だね」

 ユングの心に何か刺さった。イルマは食器を洗いながら素早く失言の気配を見抜く。しまった。こいつプライド高かった。フォローに回る。

「でも成分は同じなら食糧難の時とか便利かもね」

「それ駄目です。エネルギー収支が、その……五人以上に配ったら七日くらいで僕の死が決まります」

 魔力は欲望の力なので、限界を超えて使い切るとすべての欲が停止する。ミイラみたいになって死ぬわけではない。ただ生きようとしなくなるのだ。

 使いすぎた際の症状には三つの段階がある。

 最初に、自分の身振りや外見に無関心になる。衣服の扱いが突然ぞんざいになったり、風呂に入らなかったりする。もともと外見に関心がない人だと趣味に手を付けなくなることのほうがわかりやすい。

 次に三大欲求と呼ばれる、食欲・性欲・睡眠欲が減退する。詳しくはまだわかっていないが、たまに脳の一部に委縮がみられるようだ。

 第二の段階までであれば、魔法を使わない・外から波長の近い魔力を流し込むといった治療で寿命を取り戻せる。ただし、第二段階でまれに見られる脳の萎縮が起きた人はご愁傷様、運動障害が残る恐れがある。

 それでも一応ここまでは生き残れる。問題は最後だ。

 免疫反応が停止し、自発的な呼吸をしなくなる。本来本人の意思とは関係のないはずの場所に影響が出るのだ。魔力の使い過ぎが原因なのだから、理論上は魔力を補充してやれば治るはずなのだが、そうもいかない。

 当たり前のことだが第三段階に至る人は第一と第二を経ている。多くは食事をろくにとらず、睡眠もしていない人体が先に限界を迎え、死に至る。

 魔導師で若く丈夫な人が一人か二人か、ここから生還してニュースになったことがあったが、彼らのそれからの人生には人工呼吸器や点滴といった措置が必須だという。仕事ができなくて生還といえるのだろうかと師が呟いていたのを覚えている。

 もちろん、ここまで枯渇させるには見た目がダサくなろうが趣味に興味がなくなろうが文字通り寝食を忘れてひたすら魔法を使いまくらねばならない。正直節約を旨とする病み魔法使い師弟としては理解できない世界である。

 つまり、ユングは五人以上に一日三食養分をプレゼントすること七日でこの第三段階に足を踏み入れると言っているのである。

「……ダメじゃん」

 フォローのしようがなかった。これでもほかの魔法よりはコストがいいのだが、災害時に役立てようとするとだめだ。

 ユングのクローンを山ほど作りでもしないと役に立たない。そしてそんなことをするくらいなら増殖したユングを『豚肉』として配ったほうが早い。

「よし。金輪際この話題を出すのはやめよう!君もだよ!ところで、前私の手袋爆散したじゃん。あれ買いに行ってくるから留守番しててくれたまえ」

「はーい」

 しぼんだ表情の助手を着替えさせて出かける。坂が多く道が狭いこの町では納骨堂とか駐輪場のないところへ行くのでない限り自転車が主な移動手段だ。お目当ての品はすぐに見つかった。どこにでもあるやつだから当たり前か。

 ホームセンターのおっさんの「装備していくかい?」にいいえして家路を急ぐ。

 銅均に寄った。おニューのヘアブラシと金属クリーナー(ペーストタイプ)、とどめに両耳型のイヤホンだ。我が家のブラシはもう寿命だし、手袋が新品なのに腕輪が薄汚れているのはおかしいからだ。イヤホンはユングにくれてやろうと思っている。

 依頼は来ていなかった。おかげで昼からじっくり腕輪を磨くことができた。オリハルコン特有の虹色の鈍い光沢が手垢の底から蘇る。夕飯はみそ汁とレモラの塩サバ風で簡便に済ませた。

 順に風呂を済ませて、パジャマに着替えた後ユングの部屋の戸を叩いた。鍵もついていないのにノックするこの真面目さ、見たまえ。

 ドタバタと慌てるような物音がしばらく聞こえた後内側からドアが開く。

「……何ですか」

 部屋の主は仏頂面をしていた。気遣いのノックは心臓に悪かったらしい。イヤホンと携帯音楽プレーヤーを渡す。

 携帯できるのが売りだが、決まったところに決まったルートで行くことがない仕事柄、あまり使いどころがなく事務所の固定音楽プレーヤーになっている。

「いやね、最近君は遅くまで起きてる気がしてね。安眠にいいのが入ってるからこれ聞きながら寝てみるといいよ」

 あくまで『気がする』であり実はどうなのかとんと知らない。仏頂面のまま、はあ、とか言って受け取ると思ったが、表情は大きく変わった。

「え!?わ、わかりましたっ!?」心当たりがあったらしい。露骨に動揺している。「せ、先生ったら心配性だなあいや僕はその別にそんな困ってないですけどまあ聞いてみますよありがとうございます!」

 大急ぎでイヤホンを装着し今表示されている楽曲リストの再生ボタンを押す。そして部屋の中へ消えてしまった。なんか思ったよりうまくいった。後ろめたいことでもあったのかな?

 少しもやもやを持て余してドア前に立っていたら再びドアが開いた。

「……あのー、先生よければこれ、何の曲か教えていただいても?」

「いいよー。『ナミダノムコウ』ってアルバムだよ。バンド名はちょっと覚えてないけどおっさんの名前。そのバンドで一番良かった時のやつ。個人的におすすめなのは『カ・ゴ・ノ・ト・リ』だね。ギターが哀愁漂ってていい感じなんだよ。でも何で?微妙だった?」

 音楽性が独特なので好みはわかれると思う。

「いえ、聞いたことがある気がしたので。ありがとうございました」

 音を立ててドアが閉まる。ぼふっとベッドに横たわった音がした。やっぱり何か後ろめたいのか。それにしてもほんとに怖いくらいうまくいったなあ。

 イルマはパジャマを着替えて長い上着の上にマントをつけこっそりと朝顔ビルヂングを抜け出した。

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