王権とは何ぞ
サブタイトルが思いつかなくなってきました。というより、思いつくサブタイトルはとっくに使っちゃっているんです。
たまたま手元にあるものからつけようと思っても、文房具ばっかり。音楽の題名をパク……いただくとしても、肝心の話に合うのをほとんど知らないんです。今回みたいな静かな回に「Bark The Moon」とかちとないでしょうし。
「……わからないです」
沈黙の果てにユングはぼそりとつぶやいた。煮え切らない態度に苛立って竹製スプーンの端に歯を立てる。植物素材のカトラリーについて、古くは質素さや貧しさを、近くは環境保護を連想させているようだ。
しかしここではどちらも当てはまらない。
薬代と養育費と食費で貧乏とは言ってもその貧困は相対的貧困。別に金属のカトラリーを購入できなかったわけではない。また環境問題にもそう関心のあるとは言えない男だった。
音の問題なのである。イルマが昔陶器の器をスプーンできいいいっとやって師の耳が絶叫してからここにあるスプーンは木か竹だ。
「困ったねぇ。その『わからない』は何がわからないんだい?質問の意味?自分の意思?そこが曖昧なんじゃあさー、『わからない』ねェ?」
「わからないんですっ!」顔を伏せたまま小さく叫んだ。堰を切ったように捲し立てる。
「そんなの聞いたってらっさんの真意ぜんっぜんわからないです!あの人そもそも今王政消えてる一番の理由じゃないですかっ。何に活用するって言うんですかっ。今更象徴王作ったって特にメリットないでしょ!?大体そうだとしたらどーして魔導師として引っこ抜くんですか!?わからないですよっ!」
わかりやすく『わからない』を解説してくれた。この子にはちょっと政経の授業が必要かもしれない。イルマは腰を据えて話をすべく残ったオムレツと白飯を一掃した。
「……えーとあのね、らっさん別に王様作りたいわけじゃないと思うの。だってそれならししょーの……実存の時点でやりゃあよかっただろ」
あ、話し始める前に食器を下げて来たほうがよかったかもしれない。気づくのはすでに遅かった。
「何でですか?あの人は祖父の代で継承権捨ててますよ」
「いやまあそうなんだけど。他にいなかったら傍系でも王様にできるじゃん?ししょーなんか王太子の両親同じ兄の孫だよ?誤差の範囲内じゃん。継承権云々だって後付けで何とでもなるさ。
「君がいるんだかいないんだかわからなかったら、そんで本気で王様ほしかったら使えばよかったんだよ。人格も傀儡政権によさげなのにしてさ。でもやってないんだから王様作るわけじゃないのはわかるじゃん?」
ていうか国民は今更王様なんか求めてないよとか言って食器をシンクに下げてきたかったが我慢した。空気を読む。ああ、卵料理とご飯の後の食器……空気中に放置……最悪の組み合わせだ。ユングのほうではまだ何か腑に落ちないようでぶすっとしている。
「だったら、僕を何に活用するつもりなんです?」
「普通に魔導師として活用するのさ。みんなまだ実存のことは覚えてるだろう?滅んだ王家のごく一部にしか使えないはずの具現化が使える、」
「不完全にです」割り込んできた。「ただ鉄の塊を放り出してるだけで……あれで使えるなどと言うのは片腹痛い」
「細かいなあ君。そんな具現に自信ニキかまされても一般人には大して違いなんかわからないよ?大体鉄の塊が落っこちてくるだけで普通の人間はあの世行きだしさあ」
ユングは少し身を乗り出してイルマの皿の縁に触れた。何、下げてきてくれんのと言いかけたところでそれは起きた。いや、それに気づいた。いつ起きたか定かではない。
「……ん?」
皿の中央に、どこか見覚えのある黄色いものが乗っている。丸く盛り上がっている。湯気が出ている。オムレツのように……というか、オムレツにしか見えない。しかしオムレツはさっき食べた。しかし……。ええい、案ずるより産むが安い。スプーンを刺してみる。
果たして、フワトロ卵の中からひき肉と野菜、シーフードミックスが顔を出した。ユングは少し誇らしげにしている。オムレツを示す。
「ひょっとして今具現化した?」
「はい」
まあまあ警戒して見ていたと思うのだが魔力を練った感じも放出した感じもまるでなかった。魔法陣も見えなかった。フロ兄弟もこんな感じでやってたような気がするが彼らは死んでるし達人だから別枠だろう。
さて地味だと言ってこき下ろすのは簡単だが、いつの間にか実行される魔法か……なんだそれ怖いな。しかも見た感じ精度もかなり高い。こんな具合に締め切った室内で有毒ガスを具現化されたら死ねる。これなら師が使えるうちに入らないというのも納得だ。
イルマはエアコンを切って扇風機をつけ、窓を網戸にした。生ぬるく湿った風が吹き抜ける。しばらく吹いててくれよ、風。
「うんまあ不完全な状態の実存ですらかなり画期的だったわけだ。出自もよくわからないし。そこへ血統書付きの王家が公務員だよ。鳴り物入りのご登場ってわけだ。プロバガンダも兵器転用もやりたい放題じゃん。で、らっさんたち甲種一同には実存を使いこなした経験がある。似たような感じで君を運用するわけさ」
それこそ洗脳だって可能だ。人格を書き換えなくても操ることはできるだろう。オムレツをすくい口へ運ぶ。
「食べるんですか?」
「もったいないし食べるよ。食べ物だろ?そんなことより君は食器を下げて来たまえ。っていうかむしろ洗って?洗ってほしいなーその食器」
ユングは軽快に後半を無視した。皿だけ下げて戻ってきた。貴様……っ!ししょーの声がリフレインした。だけどししょー、私はあなたとは違うんだ。そういうキレ方しないんだ私は。
「明日から外でなんか買ってきてね。私は一人分だけ作るから。洗い物が減るねえ」
「すいません洗います」
シンクに向き直ったところでもちろん割るなよーの声が後ろから追いかけてきてユングの手が震えた。こう見えておぼっちゃまである。箸より重いものは……山ほど持っているが、洗浄は経験の外だ。
加えて『割るな』という前フリをされてしまっている。これは割るかもしれない。割ってしまうかもしれない。割ったら叱られるだろうな。なぜか口角が持ち上がった。
今回はどうにか割らずに洗うことができた。何となくテーブルまで戻ってくる。